第79話 摩耶ノ方(茅乃姫)に迫る危機
元和2年1月23日(1616年2月24四日)酉の刻。
国分城にいたお涼は、聞き覚えのある法螺貝の音色を聞いた。
今日の貝はしきりに急いているように感じられる。
朱門の外に出てみると、果たして例の山伏だった。
――月影。
目を伏せたまま山伏が低く問うた。
――足下。
口を動かさず、お涼も短く答えた。
次の瞬間、八の字眉の山伏は、水に溶ける重層のように薄闇に溶けた。
ゆえ知らず、お涼は常ならぬ不吉を感じた。
奥の部屋にもどって亀寿ノ方さまに断ると、即座に鶴丸城下へ飛んだ。
――月、影、足、下。
4枚の暖簾を矢継ぎ早に掻き分け、卜占婆の占い部屋に飛び込む。
山伏と同じく、今宵の老婆はいつもと様子が異っていた。
険しく眉を顰めたまま、無言で胸の翡翠の勾玉を擦り始めた。
――あらむからじゃ、ならむからじゃ、はらむからじゃ……。
八百万の神々にお伺い奉り申す。迫り来たる災厄の時限をお告げくだされ。
あらむからじゃ、ならむからじゃ、はらむからじゃ……。
お涼は、老婆の胸の翡翠の勾玉の芯に灯が点る瞬間を、一心に待った。
やがて、ぽつんと赤い灯が湧いた。見る見る成長し、力強く瞬き始める。
南蛮の踊り子のごとき揺らめきを見ていた老婆の洞穴のごとき口から、
――ギョエーエーイッ!
人間のものとは思えぬ奇声がほとばしり出た。
「霊験あらたかなるお告げがあった。ときは今宵と出た。最悪の事態が待ち受けておる。急ぎ、城へ飛べ! 必ずお摩耶ノ方をお守りするのじゃ。きっとじゃぞ」
老婆の言葉が終わらぬうちに、お涼の足は鶴丸城へ向かっていた。
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