第5話 ふたり

 馬車は淡々と前に進んでいく。王様とカツラギを乗せて、まるで、ドナドナドーナという歌が聞こえてきそうな雰囲気だ。


 どうして、こうなった。おかしいだろう世界。カツラギは思わず突っ込みを入れたくなる。そもそも、異世界転移が発生していること自体おかしいのだから、そこに突っ込んでも無駄なんだが。


 宰相さんの提案で王様の地方視察に同行することとなった。いわゆる初デートなう。関係上、ふたりは婚約者ということになるのだろうか。しかし、そんな雰囲気はみじんもない。というか、王は仕事だ。


「今日行く場所はどんなところなんですか?」

 カツラギは重い雰囲気に耐え切れず、思わず口を開いてしまった。

「ああ、そうでしたね。カツラギ様にはまだ伝えていませんでしたね。それは失礼を」

 王はうっかりしていた口調でそういった。

「今回、行く場所はイースト村というところです。4年前に干ばつが起きてしまい、大被害がでてしまったのですが、新しい農作物の作付けなどがうまくいき、復興が進んでいます。今回はその復興を祝う記念祭に出席するのです」

「なるほど」

「特に、村の人たちは、カツラギ様を女神様だと思っているので、大喜びしているそうです。女神様が来てくれるということで、気合を入れてもてなすぞと力が入っているようで」

「……」

 なんだか、すごくハードルが上がっているような気がする。

「そんなに固くならないでください。最初は少し堅苦しい儀礼ですが、あとはみんなでたのしく美味しい食事を食べての宴会です」

「そうなんですか」

 少し安心した。

「ええ。特にイースト村は、今回の反省を生かして簡単で干ばつにも強い農作物を作ることにしました。あの村で、よい結果がでたら、国中にその方法を広めていこうとしているのです」

「なるほど」

「だから、今後の国運を担う大事な場所なのです。干ばつで大きな被害をうけたのに、みんな前向きで頑張っています。そこに天から降りてきたカツラギ様がいらっしゃっるということで、とても勇気づけられると思います。今のカツラギ様はそこにいてくださるだけでみんなの心の支えになるんですよ」


「……」

 ただ、天から落ちてきただけなのに。女がそんな大事な存在になっていいのだろうか。前の世界では、婚約者に騙されてリストラされた存在を否定された女が……。

「わたしだって嬉しいのです。まだ、出会って間もないですが、あなたは素晴らしい女性だと思います。聡明でとても美しい」

「そんな……」

「それに、美しい黒髪をお持ちだ。わが国では、黒髪は美しさの象徴と言われているんです。村の者たちも、カツラギさんの美しさに見惚れてしまうでしょうね」

「……」

「どうしたんですか? カツラギさん? 顔が真っ赤ですよ」

「な、んでも、ないです」

 嬉しさと恥ずかしさ。そして、申し訳なさでこころがいっぱいだった。女は彼にそんなことをいってもらう資格があるのだろうか。ただ、彼はとても誠実なひとだ。ほんの数日だが、接していて本当にそう思う。カツラギは心から王のことを尊敬している。

「まだ、到着まで時間がかかります。少しわたしたちのことでも詳しく話しましょうか?」

 お互いをもっと知る。宰相の思惑通りにことは進んでいた。


「カツラギ様はむこうの世界ではどんな暮らしをしていたんですか? 」

「そうですね。普通の会社員暮らしをしていました。あと、様はやめてください。陛下」

「では、わたしもふたりの時は陛下はやめてください、カツラギさん」

 ふたりでおかしくなって笑い出す。この王は偉いのに親しみやすい人だった。

「わかりました。王様」

 まだ、名前読みは早い気がする。この世界では苗字というものがないらしい。

「少し堅苦しいですが、許しましょう」

 また、ふたりでクスクス笑い出す。ふたりの間には不思議な信頼関係が生まれていた。


「カイシャインとはどんなことをするんですか? 」

「そうですね。わかりやすくいえば、商人や職人の集まりだと思ってください。みんなでひとつの組織に集まって、仕事をしていく場です」

「なるほど。向こうの世界ではそういう職業があるんですね」

「そうです」

「とても勉強になります。なるほど、専門家たちが一つの組織を作って、補い合いようなものなんでしょうね。こちらの世界ではギルドという縦割りだから、そういう発想は生まれてこないですからね」

 王様は気さくに話を進める。


「王様は趣味とかはあるんですか?」

 少しお見合いみたいな話だ。

「そうですね、城の庭いじりとかですかね?。バラなどいじっていますよ」

 さすがは王様。まさに貴族みたいな生活だ。

「カツラギさんは?」

「わたしは……」

 社畜生活が長すぎて、誇れる趣味などない。王様のガーデニングという立派な趣味を聞いてしまったせいで、ハードルが上がってしまった。

「読書や料理が好きです」


 内心でパニックになって出た言葉がそれだった。なんのひねりもない。ありきたりの趣味だ。おもしろくもなんともないじゃないか……。それも読書にいたっては最近は気分転換のマンガやラノベばかりだったのに。王様の趣味とは月とスッポンの差。

「よい趣味ですね。カツラギさんの世界の物語はこちらと違っているんでしょうね」

 あれ、くいつきがいい。女は、話題が深堀されたことでなぜか安心していた。

「そうなんですかね?。最近、読んでおもしろかったのは、無職のおとこが頑張って人なみの幸せをつかんでいく話とかですね。がんばらないと別の世界に連れていかれしまうと思い込んで、必死に努力するんですが、逆に神様に努力が認められてほかの世界に連れていかれそうになるんです」

「ハハハハハ」

 なぜか、王様はツボにはまったらしい。


「すいません。低俗ですよね」

 わたしは少し恥ずかしくなった。

「そんなことないですよ。わたしもそういう話、大好きで、部下たちに隠れてこっそり読んでいるんです。さすがに、王様の威厳があるので、みんなには秘密にしておいてください。それに、カツラギさんのような大人な女性が、そういう趣味を持っていらっしゃるのは、なんというか、お可愛いですね」

「かわいい?」

「ええ、とてもお可愛らしいですよ」

 彼の顔はほころんでいる。王様も読書や演劇が大好きらしい。それ以上、深く考えることを女はやめた。

 いろんな話をする。無職のおとこが馬車(トラック)にひかれて、英雄に生まれ変わる話。学校でのラブロマンス。魔法使いとロボットが戦う話。王様は食い入るように聞いてくれた。

「カツラギさんの世界は本当におもしろい話で満ちているんですね」

「そうですか」

「そうですよ。そんな面白そうな話、こっちにはないですよ」

 ふたりの口調も少しずつ砕けてきた。


「料理はどんなものを作っていたんですか? 」

「得意料理は肉じゃがというものです」

 なんとテンプレ的な会話だ。われながら突っ込みたくなる。でも、肉じゃがは好きなんだからしょうがない。

「どんな料理ですか」

「肉といもを、わたしの故郷の伝統的な調味料<しょう油>と砂糖などで煮込んだ料理です。甘くて、しょっぽい感じの味ですね」

「それはとても美味しそうだ。ぜひとも食べてみたいものです」

「しょう油さえあれば、簡単に作れるんですが」

「聞いたこともない調味料です」

「やっぱりそうですね」

 少し残念だ。あの味はもう食べられないかもしれないと思うと寂しくなる。

「今度、なにか作ってください」

 王様は少年のような笑顔でそういった。

「はい、ぜひとも」

 馬車は少しずつ、目的地に近づいている。それを少し残念に思う気持ちが女のなかにはあった。

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