第74話 王と魔王

 カツラギが、突然いなくなってしまって半日が経過した。

 魔王城の一室で、彼との口論の末に、彼女の姿は突然消えてしまった。

 そう、なんの予兆もなく、溶けるかのように消えてしまった。


 彼はひとり残された部屋で泣いた。誰にも聞こえないように、ひっそりと……。

 彼女の最後の言葉を思い出す。

「わたしは、あなたにとってなんなんですか。妻ですか? 恋人ですか? 友達ですか? それとも、契約相手ですか?」

「もう、苦しいんですよ。こんな関係」

「わたしは、あなたのことが好きなのに……。あなたはわたしに気持ちすら教えてくれない。聞いてもいけない」

「もう終わりにしたいんです」

 彼女の震えた声を思いだす。自分のせいで、彼女に無理をさせてしまっていた。それに気がついていたのに、彼女の好意に甘えていた。

 

 だからこそ、彼女に抱いていた疑念をぶつけるべきではなかった。向こうの世界でなにかあったんだったら、察して彼女が伝えてくれるまで待つべきだった。


 彼は何度も後悔する。



「あなたは、わたしに一度も“好き”だって言ってくれないじゃないですか」

 この言葉が、彼の心にいまだも突き刺さっている。

 本来、一番最初に言っておくべきだった言葉だ。

 あんな最低のプロポーズではなくて……。

 結婚式の突然のキスではなくて……。

 ふたりに一番必要だったのは、素直に気持ちを伝えあうことだった。

「あなたのことが、世界で一番好きです」

 そんな短い言葉が、4カ月も一緒にいて、一度も言えなかった。

 弟のことを言い訳にしながら……。


 翌日。彼は、みんなに彼女が元の世界に帰ったことを伝えた。

 みんなは、なにも言わなかった。

 

 魔大陸、最後の日。

 彼は魔王さまとふたりで会っていた。

「すべては計画通りですか?」

 アイザックへの恨み節がこもった言葉だった。

「……」

 彼はなにも言わなかった。自分が築き上げた秩序を壊す不安要素の排除。彼の計画は、順調に進んだということだろう。ふたりの関係を不安定にさせたうえで、この世界に不安定な存在としてとどまっている彼女をこの世界を追い出してしまう。そういう謀略だった。


「彼女は、わたしの思いで、この世界に繋ぎ留められていた存在だったのですね」

 彼女は居場所を欲していて、彼は一緒にいてくれる存在を求めていた。

 このふたりの気持ちを、ぐらつかせることで、彼女がこの世界にいる意義を失わせてしまったのだろう。

「ああ」

 アイザックは、短く答えた。


 彼も一国の王という立場上、彼の考えを支持しなくてはいけないのかもしれない。

 それでも、ひとの気持ちを踏みにじった世界の秩序なんていらない。

 それでは、古代機械文明と同じことではないか。すべてが、神に支配され、自分たちではなく神の意志によって作られて自称“理想郷”。


「魔王様、いや、アイザックさん」

 彼は語気を強める。

「わたしは諦めませんよ。あなたの理想なんて、知ったことじゃない。たとえ、わたしがしわくちゃの爺さんになったとしても、わたしたちは再会します」

 往生際が悪い発言だ。

「どうやって?」

「もう、知っているでしょう?」

 彼はそう言って、玉座の間を後にするのだった……。


「彼女を思い続けてる!!」


 それが奇跡に繋がることを信じて……

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