第8話 まほう
「それでは、試合開始!」
その言葉と同時に、ふたりは今まで見たこともない真剣な顔になった。
その横顔がとてもりりしくて、カツラギの胸がドキドキする。
「では、いくぞ」
村長の背後に5つの火の玉が発生し、宙を舞う。メラメラ燃えるそれは、激しく動き回る。そのうちの2つが矢の形に変形する。
「ファイヤーアロー」
村長がそうつぶやくと、2つの火矢は王へと向かって飛んでいく。恐ろしい早さだった。王は瞬時に水の玉を作り、それを弾き飛ばす。
狙いを外れた矢が、カツラギの方へと向かって来た。ぶつかると思った瞬間、矢は結界にぶつかり、消滅した。
「うおおおおおおおおお」
観客たちは大喜びだ。
「すごい……」
カツラギは魔法戦のすさまじさと大迫力に圧倒される。
「さすがは、わしの弟子じゃ。あの速さの矢に対応できるとはな」
「いつもそれで泣かされていましたからね」
「軽口を」
「どっちが」
王は手から氷の塊を作り出して、村長に投げ飛ばす。
村長はそれから逃げようとするも、着弾前に氷は爆発した。粉々になった無数の破片が、老体に襲い掛かる。
「決まった」
王は勝利を確信していた。しかし、村長はそれを上回る動きを見せたのだった。
「ファイヤーウォール」
火の壁が瞬時に出現した。氷はすべてそこへ吸い込まれる。
「まだまだ、詰めが甘いの。陛下」
「くそ」
王はいつもの上品な口調から信じられないほどの悔しさをにじませた。
「かっこいい」
カツラギはふたりの戦いに引き込まれた。
「ふたりとも、偉大な魔術師で師弟ですが、戦い方が180度違います。村長は火や光の魔法を得意とし、攻撃特化のスタイル。それに対して、国王陛下は水や氷魔法を得意とし、やや防御寄りのスタイルです」
赤い魔人がそう解説してくれた。
「ふふ、久しぶりの決闘は楽しいのぅ」
「余裕ですね」
「まぁな」
そう言うと村長さんの背中で舞っていた3つの火の玉がグルグルと回り出す。
「まさか」
王は驚愕の表情になる。
「そう、そのまさかじゃ」
火の玉は老人の眼前でぶつかり合い大きな日の輪を作り出した。
「フェニックス」
魔人がそうつぶやいた。
「フェニックス?」
「はい、あれが、村長の別名にもなっている魔法です。<フェニックス>。地球上で唯一、村長のみが放てる必殺の奥義。<ダイナモ会戦>にて、魔王さまの片腕を奪った伝説の技……」
解説が終わる前に、すでに動きははじまっていた。日の輪の中央から、1羽の鳥が出現した。全身が炎に覆われている伝説の不死鳥<フェニックス>が。
それは、とても優雅で気品に満ちていた。
「すごい」
「美しい」
涙を浮かべる観客もいる。それほど、美しい伝説の鳥がそこにいた。
火の鳥はゆっくりと王に迫る。王は水魔法を駆使して迎撃を試みるもすべてはじき飛ばされていた。
火の鳥は王をゆっくりと慈愛あふれるかのように包みこみ、そして爆発した……
「終わったな」
村長はそうつぶやいた。観客はモクモクと立ち上がる煙を固唾をのんで見守っている。
「すごかったですね」
「ええ」
カツラギと魔人は簡単に感想を交換する。本当にすごかった。これがこの世界最高峰の戦いか。本当に異世界に来てしまったんだなとわたしは再認識する。
みんな、すべて終わったと考えていた。そこにいるひとりを除いては。
鋭い音が煙の中から飛び出してくる。それは油断した村長の体に突き刺さった。
「ぐはぁ」
師匠が悲鳴をあげる。魔法無効化の防具が一瞬にして消滅するくらいすごい衝撃だ。
煙の中から出てきたのは、無傷の王だった……。
「油断しましたね。お師匠様」
王は邪悪な笑みをうかべていた。わたしはその笑みに少しゾクリとする気持ちになる。いつもの王様とは違う、負けず嫌いの本性がでていた。
「氷の壁を作ったのか。まったく年寄りに意地悪な弟子じゃ」
「はい、昔、師匠が教えてくれた防御方法ですよ」
「よく覚えておったな。油断したところを一撃で決める。まったく、お前さんらしいの。いやらしい戦い方じゃ」
ふたりだけがわかっている世界。観客たちはあっけにとられていた。
「審判、判定を」
いつもの王の口調だった。優しく、温かい。さきほどの、冷徹な戦い方とはかけ離れたぬくもりがそこにはあった。
「いっぽん。陛下の勝利です」
青い魔人は慌てて、そう宣言する。
「うおおおおお」
観客たちは盛大な歓声をあげた。
「なんだ、いまの。どうなったんだ」
「氷の壁とか言ってなかったか?」
「最後の氷の矢すごかったな。村長、完全に動けなかっただろ」
みんな銘々に感想を言っていた。
「村長のフェニックスを防御したひとは初めて見ました」
魔人は、興奮した様子で話しかける。
「……」
カツラギはすごすぎて、なにも言えなかった。
「葛城さん、本当にこっち来ちゃったんだね」
後ろから気味の悪いおどおどしい声が聞こえた。カツラギが慌てて、振り返ってもそこには誰もいなかった。
「お疲れ様です。お師匠様、お怪我はありませんか」
「あの程度の魔法で、怪我するほどもう碌しておらんわ」
「さっきと言っていることが違いますよ」
「そうじゃったか?」
「そうですよ」
師弟はクスクスと笑い出した。
村長が真面目な顔になって言う。
「お強くなられましたね、陛下。もう、なにも教えることはありません」
「ありがとうございます。お師匠様」
ふたりの手は強く握られていた。不真面目な村長の教育者としての姿は本当にかっこよかった。みんなが感動している。
「カツラギさん。どうでしたか?」
感動的な場面が終わり、男が駆け寄ってくる。
「とてもかっこよかったです、本当です」
凄すぎて、彼の顔を直視できない女がいた。
「よかった。カツラギさんが見ているから負けたくなかったんですよね」
「えっ」
「少しでもカッコイイところをみせたいじゃないですか。男として……」
「あれれーおかしいぞ。馬鹿弟子よ。なにか忘れてないかな?」
村長はさっきとうって変わって、お調子者の口調になった。
「「えっ」」
「勝者は女神様からキスをもらえるじゃろ」
「「……(あの、エロ爺め)……」」
村長は「キース、キース」と囃し立てて村人たちを扇動していく。
「「「キース、キース」」」
掛け声はどんどんと大きくなる。夕暮れ時、ふたりの顔はどんどん赤くなっていった。
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