第30話 先代の女神

「村長さんは会ったことがあるんですか? その方に?」

「ああ、あるよ。彼女は、あの戦争の中で出会ったんだ。ルーシア国の崩壊により、行き場を失った彼女と偶然出会い、儂は彼女を連れて逃げたのだ。しかし、世界中が戦争状態で、混乱していた。至る所で人は死に、子供は泣いていた。生き地獄とはあの状態を言うのだろうな」

「……」

「儂らも、生きるためには戦争に参加しなくてはいけなかった。彼女は、自分の存在が戦端を開いてしまったことを酷く後悔していた。彼女は前の世界では、軍人をしていたと言っていたので、自分から戦争に志願したのだ。あの地獄を終わらせるために」

 そう言って老人は静かに話を続ける。


「彼女は、魔法は使えなかったが、戦いのセンスは抜群だった。天から落ちてきたという事実がそれにカリスマ性を付与していた。一躍、軍の司令官として頭角を現した彼女は、魔王軍四天王"ベルフェゴール"軍との戦いで伝説になっている。自分を含む全軍を陽動部隊として、儂だけを敵軍の本陣に突入させる奇策で、魔王軍最強硬派のベルフェゴール討伐に成功したのだ。これがなければ、魔人と人間の和平交渉の余地すらなかったかもしれないと言われている」

「歴史を変えたのですね、彼女は……」

「うむ、だが、そのカリスマにも限界はあった。魔王軍との最後の戦いダイナモ会戦の前日に、彼女は冥王の異空間からの奇襲で儂を守って、討死した。彼女の死は、前線の士気に関わるため、密葬されて、いまもダイナモの地に眠っている。無数の英霊とともにな」

「……」

 その女神様は、恋人だったのですか?そんな無粋なことはカツラギは聞けなかった。村長の反応を見ればわかるから。


 いつもは不真面目なひとが、真面目に歴史を淡々と語っている。その事実だけが真実だと彼女は感じた。


「そして、人間と魔人は、和平を結び、今では儂とあいつらのように肩を組んで一緒に酒を飲めるようにまでになった。彼女の存在がなければ、こんなことは夢でもみることはできかったことだ」

 村長は、それが単純にいいことだとは言えないのだろう。世界全体に不幸をもたらし、そして希望を見つけさせた伝説の存在。それが女神なのだから。


「ルーシア国の混乱は、歴史書では改ざんされて、一部の者しか知らない。女神様は、物語になってしまって、この世界の飢餓を救い、ピンチを助けた伝説の英雄として、神格化された。だから、カツラギさんという存在は民衆にとっては、憧れになっている。そんな簡単なものじゃないのにな」

 村長は目が潤んでいた。


 ※


「どうしてだ、マリ。どうして、俺なんかをかばったんだよ。お前がいなければ、明日の戦いどうするんだよ」

「泣かないで、ジジ。これが一番イイのよ。あなたがいなければ、誰も魔王には対抗できない。だから、これがいちばん」

「だけど……」

「私はどこかで責任を取らなくちゃいけなかった。無責任に世界を変えてしまった責任を。これが、それ。だから、運命、なんだよ。どこにも居場所がなかった私が、ここで幸せになっちゃいけなかったんだよ。ごめんね――ジジ。最後に一つだけ、わがまま言わせて」

「最後なんて、言うなよ。聞きたくない」

「あなたが、平和を作って欲しいの。明日で戦争を終わらせて欲しいの。そして、それをずっと維持して欲しいんだ」

「ああ、お前と一緒に頑張るよ」

「ばーか。月が綺麗だね、ジジ」

 そういって先代の女神は冷たくなっていった。








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