第29話 伝説

「この世界はかつて大きな戦争がありました」

「それは、村長さんが活躍した魔人との戦争ですか」

「いいえ、それよりももっと昔の出来事です。そこでは、世界は二分されて、大規模な魔力と魔力の激突により、世界からはすべてが消えて、世界各地に魔力は分散されました。その影響によって、人間ではない別の生物が世界に誕生したとされます」

「それが――」

「はい、かつて人間と血で血を洗う戦争をおこなった魔人です。彼らは、人間よりも強靭な体を持ち、寿命も長い存在です。明らかに人間とは別の姿をしていた彼らは、人間たちは別の場所に住み、私たちはなるべく関わらないように生きてきました。人間と魔族は、明らかに違う生物です。お互いに、関わったら不幸になることがわかっていたのでしょう。民衆の間には、異民族を差別するような見方もありました」

「私の世界でも、肌の色が違うだけで、差別は発生しています」

 王はうなづいた。


「歴史の流れによって、ふたつの種族の溝は、ついに決定的になってしまい、各地で武力衝突が発生してしまいます」

「はい」

「そして、戦争の決定打になってしまったのが、カツラギ様の先代の女神様の降臨でした」

「えっ? 私の前に女神様がいたのですか?」

「はい、彼女はカツラギ様と同じように、天から降ってきたと言われています。彼女は、北の大陸にあるルーシア国に舞い降りました。そして、彼女の持つ知識は、雪に閉ざされた小国を一躍、軍事大国に変えてしまいました」

「……」

「彼女の知識によって、今までは食用にされていなかった"芋"が見直されて、魔力によって引き起こされる爆発が殺傷力をともなう"銃"として転用されました。今まで、他国から植民地のような扱いを受けていたルーシアを救いました」


 王の発言には含みがあった。


「しかし、弱小国家の急激な軍事大国化は、周辺国の疑念を生んでしまいました。ルーシア国を危険視した周辺諸国は、同盟を組んで、戦争へと突入。さらに、戦火は魔人居住区にまで及んでしまったのです。人間に嫌悪感を持っていた魔人は、居住区の魔人保護を理由に出兵。運悪く人間軍と魔人軍は、前線の休戦ラインで本格的な軍事衝突が発生し、両軍は全面戦争へ…… 人間の国は同盟を組んで魔人と対抗しようとしたため、全世界を巻き込んだ大規模な種族間戦争が発生したのです」

「その後は、村長さんたちの戦争なんですね」

「そうです。あとのおおかたの流れは、あの村で説明された通りです」

「でも、その先代の女神様はどうなさったんですか?」

「それは――」


 後方でドアは開いた音がした。

 ひとりの老人がゆっくりと入ってくる。この世界の人間では、唯一戦争を経験していた男だった。


「死んだよ。戦争でな」

 男は寂しそうにそうつぶやいた。

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