第31話 大蔵大臣

 カツラギは、村長からすべてを聞いて、場を辞退した。

 いろんな情報を聞きすぎて、自分がどうしたらいいかもわからない。そして、この世界の人のことをすべて騙しているような気がして、自己嫌悪を深めてしまう。


「カツラギ様……」

 廊下には、疲れた様子の老人が待っていた。大蔵大臣だった。

「閣下……アレク様の様子はどうですか」

「おかげさまで、いまは落ち着いています。医者も明日には、普通の食事もできるだろうと言っておりました」

「よかった」

 カツラギは少しだけ安心した。自分がこの世界に来たことの意味が少しはできた気がしたからだ。


「本当になんとお礼を申し上げればいいのか、わかりません。私は、カツラギ様に大変、無礼な発言ばかりしていたのに……」

「いえ、謝ることではありませんよ。私がこの世界に身寄りもない人間ですし、警戒することは当然です」

「しかし、私は、いや、私と息子はあなた様に救われました。このご恩は、我がマール公爵家の威信にかけても、返させていただきたいと思います」

「そんな、私にはそんなことを言ってもらう資格なんて、ないんですよ。みなさんが、私に優しくしてくれるのに、どうしても大事なことが話せない弱虫で……」

「カツラギ様、そんなに自分を貶めてはいけません。人間は誰でも、多かれ少なかれ秘密はあります。貴族は、そうしなければ生きていけないのです。しかし、あなた様は、私たち家族を救ってくださいました。他者の命を助けることは、どんな理由があろうとも、貶されるものではありません。最も誇るべきものです。それを忘れてはいけません」


 大臣のその言葉を聞くと、カツラギの目から涙がこぼれる。

 安心感を中心とした感情が、とめどなく流れていった。


 その様子を大臣は優しく見つめていた。


 ※


~現代日本~


「なんだって、それはどういうことだよ」

 篠宮ひできは、スマホに向かって吠えていた。

「ひできさん、朝からどうしたの~]

 女は眠そうな声で、男に尋ねていた。


「高橋社長が、俺のプロジェクトから抜けようとしているみたいなんだ」

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