第57話 海水浴

 ひと悶着あった後、ふたりは朝食を食べていた。

「カツラギさん。今日はどうしますか?」

 やっと、心が落ち着いたのだろうか。王はいつものように話しかけてきた。


「そうですね。せっかく、海に来たので、海水浴がしたいです」

「わかりました。それでは、海に行きましょう」

 こうして、ふたりは海に行くこととなった。

 ここでは、お互いにあえて触れなかったが、宰相のミッションもクリアするために……。


 海に行く前に、ふたりは宰相の封筒を開ける。

 そこには、こう書かれていた。

<恋人のように、海辺で遊ぶこと>と……


「捕まえてみなさい」

「待ってください、カツラギさん」

「アハハハハ」

「ウフフフフ」

 見よう見まねで、リア充バカップルを装うカツラギたち。

 こんなテンプレバカップルをまさか自分がやるようになるとは思わなかった。

 そう思ってカツラギの顔が、ひきつっている。

「(やめて、わたしたちのライフはもうゼロよ)」

 

「そろそろ、いいですかね」

「いいと思います」

 ふたりは不毛な追いかけっこを終わりにして、海に向かう。

 これで、宰相からの指令も終わったので、存分に遊べる。

 少しずつ、彼女たちは彼の命令をぞんざいに扱うようになってきた。


「うわ~冷たくて気持ちいいですね」

「本当に」

 海は輝いていた。

 大きな海をふたりだけで、占領している。

 なんて、贅沢な夏休みなのだろう。


 この世界に、水着という概念があってよかった。

 カツラギにとってはそれが少しだけ、心配だったのだ。

 もちろん、もとの世界のように、たくさんの選択肢はなかったけど……。

 用意されたものの中から、彼女は刺激的でないデザインを選択した。

 日焼け止めにココナッツオイルが用意されていたのも、嬉しかった。


 海は前の世界と同じように、塩水で、カニがいて……。

 変わらない海をみていると、前の世界を思いだす。


 カツラギは小さい頃は両親によく連れていってもらった。

 砂浜で遊んだり、小さなカニをつついていたら、はさみで指を挟まれた苦い思い出。懐かしくなって、彼女の目に少し涙がにじむ。

 きっと、日光の刺激が強すぎて、目に染みるだけ。

 こころの中で、そう言い訳していた。


「もう少し、自分のために生きればよかったな」

 ぽつりとそうつぶやいてしまった。

 やばい、このままで泣いてしまうとそう思った瞬間……。


 顔に水が飛んできた。

「なに、辛気臭い顔しているんですか? せっかくの海ですから、楽しみましょう!」

 王がそう言ってきた。

「やりましたね~。この、この」

 カツラギも応戦する。


「今朝のお返しですよ」

「執念深すぎますよ。少しからかっただけじゃないですか」

「やっぱり、からかわれてたんですね」

 王の攻撃は激しくなる。

 こっちに来て、カツラギにとってのはじめての夏はしょっぱくて、そして、とっても甘い思い出になりそうだ。


 海から帰ってきたふたりは、お風呂に入り砂を落とした。

 楽しかった。

 そう思いつつ、休みが終わってしまいそうだった。


 彼らは一緒にお昼ごはんを食べる。

 メニューはマリネとグラタンだった。

 シーフードがふんだんに使われた料理。

 最高だった。

 王宮では野菜と肉料理が中心だったので、いつもとは違うことがとても嬉しかった。

 飽食で、流通が発展している日本ではこの感動はあじわえない。


「午後はどうしますか?」

 彼女は彼に聞く。

「そうですね。では、海辺を散歩とかいかがですか?」

「行きたいです!」

 こうして、予定が決まった。

 海辺を散歩。平凡だけどとても心が躍る。

 カップルの当たり前がふたりにとっては当たり前じゃないのだから。

 

 ふたりで海辺を歩く。

 彼の歩幅はとても大きくついていくのが少し大変だった。

 ふたりで一緒に歩くということがほとんどなかったので、こんな当たり前のことも彼女たちは知らなかった。


「少し早いですか?」

 彼はそれに気がついたのか、彼女を心配してくれた。

「少しだけ」

 彼女は、少しだけ息をあげながら答える。

「ごめんなさい、気がつくべきでした」

「いえ、ありがとうございます」

「こうしましょう」

 そう言い、彼は歩くスピードを落としてくれた。

 それが彼女にとってはとても嬉しかった。

 誰かが隣にいて、一緒に歩くことがこんなに幸せな気分になれるとは思わなかった。

 社畜の時は、そんなことにも気がつけなかった。

 気がつく余裕もなかった。


 海鳥が鳴いている。

 夏だから外は暑い。

 でも、海風がとても気持ち良かった。

 そして、さきほどから繋がれている彼の手は、とても大きかった。


 暑いからか、ふたりの口数はあまり多くはない。

 でも、一緒にいるだけで、なんとも言えない気分になる。


 一時間ほど散歩して、ある場所にたどり着いた。

「これがここの名所です」

 塔のようなものが、崩れていた。

「この前、歴史の本を読んだとおっしゃっていましたね」

「はい。一カ月前くらいに」

「この塔は、バルベの塔と同時期に作られたものだと言われています」

「あの王都の近くにあるやつですか」

「ハイ。古代人たちは、今よりも優れた建築技術をもっていたと言われています。そして、たくさんの建築物を作った」

「それが神の怒りをかってしまい、すべて、焼き払われてしまった」

「そうです。でも、この話には続きがあるんです」

「どういうことですか」

「魔人はいつからいたと思いますか?」

 イースト村の復興のため、協力してくれていた魔人さんたちのことを思いだす。

「えっ、最初から?」

「王族以外はそう信じていると思います。でも、それは違うんです」


 王は少し間をおいて、話を続ける。

「実は、人間と魔人は元は同じだったとされています」

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