第58話 真実
「人間と魔人がもとは同じだったんですか?」
「そうです。これは確かな学説ではないのですが、王家に伝わる秘伝の書にはそう書かれています」
「どうして、ふたつに分かれたんですか?」
「その書には、神の怒りによって人間の世界は崩壊した。傲慢なこころをもった人間は魔人となって、姿を変えたと書かれています」
「傲慢なこころ?」
でも、あの村の魔人さんたちは、とても親切だった。
「もちろん、古くに書かれた本です。魔人たちとは古くから、対立関係になってしまいましたが、今は和解し、良好になっています。たぶん、人間側の偏見から書かれた歴史書ではないかと思うのです」
「わたしもそう思います」
「差別を助長するおそれがあるため、あの本は秘匿されています。わたしも、公にするつもりはありません」
「それがいいと思います」
「ありがとうございます。カツラギさんなら、そう言ってもらえると思っていました」
「でも、そんな大事な秘密をどうしてわたしに?」
国家機密みたいな話だとカツラギは思う。
「あなたには知ってもらいたかったんです。わたしと弟だけで抱え込むのには大きすぎる話です」
「……」
「不思議なんですが、出会って間もないカツラギさんと話していると、心が安らぐんです。古くからの友だちのようで」
「“友達”ですか……」
彼女は細かいところだが、ひっかかってしまった。
彼女の本心と彼の本心は、少しずれている。
彼女にとってはわかってはいるのだけど、そこが少し辛かった。
「だから、これからは、少しずつわたしを支えて欲しいのです。わたしは強がっていますが、じつはそんなに強くありません。あなたの助けが必要です」
「もちろんです。友人として、“妻”として、できる限りのことをさせていただきます」
彼女は“妻”という言葉を強調した。この本心は彼には伝わらないだろう。
でも、言いたかった。
それが彼女の本心なのだから。
「では、帰りましょうか。今日は夕食にバーベキューをしようと思っているので」
「はい。でも、その前に……」
カツラギは王様の体を引き寄せる。
そして、思いっきり抱き着いた。
「カツラギさん……」
王は、驚いて言葉を失っている。
「“友達”なんだから、友情のハグをしたくて……」
彼女はそうごまかした。
少しだけ意地悪に……。
「少し怒ってます?」
王は心配した顔になっている。
「怒ってませんよ」
彼女は少し口をとがらせた。
「やっぱり、怒ってますよね」
「べっつに~」
カツラギはさらに意地悪を続ける。
彼女の目指す方向性とは、少し違うけど、ふたりの距離はたしかに縮まっている。
そう確信した彼女だった。
ふたりが帰ると、砂浜にバーベキューの準備はできていた。
「お待ちしておりました。両陛下。こちらが夕食です」
「ありがとう。とても美味しそうですね」
カツラギは、豪華な食材に目が奪われる。
大きなエビ、イカ、貝などなど。
シーフードバーベキューに心躍る。
「おーい、いたか~」
どこかで声がする。
それも聞いたことがある声が。
「おーいたいた。まったく、師匠のわしをないがしろにして、美人とバカンスとは、破門じゃ、破門」
やっぱりか……。
王に、こんなパワハラ発言するなんてひとりしかいない。
「よ、来ちゃった」
音符マークがついたかのような、弾んだ声。
御年200歳を超える老人とは思えなかった。
「し、師匠……」
「村長さん」
王の魔術の師匠であり、イースト村の村長、ジジさんがそこにいた。
「やあ、綾ちゃん。相変わらずかわいいね」
いつの間にか、下の名前で呼ばれることになったカツラギ。
さすがは自称ボーイフレンド。
ちゃらい。ちゃらすぎる。
彼女は内心でそうあきれる。
「久しぶりに、王宮に遊びに行ったのに、ふたりともバカンス中だったので、追いかけて来たんじゃ」
「……」
王は渋い顔をしている。
「おお、バーベキューか。美味しそうじゃ。わしも食べてよいか?」
ガツガツ来る。
ここまで、図々しいとは……
「コック長よ。わしの皿も用意してくれよ」
「はい、ただいま」
そして、こんなにちゃらいのに、地位と権力を持っているので、余計にたちが悪い。
イザとなったら、最高裁のトップとして違憲判決を出すと騒ぐだろう。
魔大陸戦争の英雄でもあり、みんなの人気まで高い。
そんなこんなで村長を、ここから追い出すのは不可能だろう。
カツラギも、少しは覚悟しなくてはいけないと悟る。
なんらかの覚悟を……
「それで、師匠。どうして、ここへ」
王は邪険な口調でそう問いかける。
「そう、邪険にするな。土産だって持って来たんだから」
長年の付き合いのせいかすぐにばれる。
変な所が鋭いのは、年の功だろうか。
「「土産?」」
ふたりは声をそろえて、同じ単語をつぶやいた。
「そうじゃ。ちょっと、私用で魔大陸に観光に行って来たんじゃ」
「な……」
王は、唖然とした顔になる。
「安心しろ。真面目な用事じゃよ。魔大陸戦争の慰霊祭に、魔王から招待されてな。赤オニたちと、一緒に参加してきたんだ」
「どうして、そんな大事なことを言わないんですか」
王は顔をピクピクしている。
「だって、招待されたのは、わしだけじゃし。ちゃんと、アグリ国国王代理と名乗ってきておいたよ」
「……」
王は呆れてなにも言えない状態だ。
暴走老人、ここに極まれり。
「魔王も、新婚の王を招待するのが、はばかられたと言っていたよ。今度、ふたりで、遊びに来てくれと言っていたわい。お、エビが焼けたぞ。食べよう、食べよう」
勝手にご飯を食べ始める村長さん。
ふたりは、顔を見合わせて、大きなため息をついた。
そして、苦笑いした。
「わたしたちも食べましょう、陛下」
「そうですね」
賑やかな夕食がはじまった。
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