第59話 日本の味
「このエビ、ぷりぷりじゃの」
村長は上機嫌で、バーベキューを楽しんでいた。
ふたりも、最初は戸惑っていたが、少しずつ顔がほころんでしまう。
だって、シーフードがとても新鮮で美味しいのだから。
幸せだ。
味付けは、塩だけの簡単なものだけど、やっぱり鮮度が違う。
野菜も取れたてなので、とても甘くて美味しかった。
ここでしょう油があったらな~なんて、思ってしまうのはカツラギが日本人である証拠だ。
「懐かしいな。昔、弟子たちと、キャンプしたのを思い出すわ」
「そんな、楽しい思い出ではなかったでしょ」
王はそう言って突っ込んだ。
少しだけ顔が白い。
「みんなで、修行と称して高山を踏破した後の、バーベキューは最高じゃっただろ」
「ヘトヘトで楽しんでいたのは、師匠だけですよ」
「そうじゃったかの」
「次の日、みんなダウンしているのに、ひとりだけ元気で、手あたり次第ナンパしていたのはどこの誰でしたっけ?」
「最近、耳が遠くての~」
このいつものノリツッコミをカツラギは微笑ましくみていた。
「両陛下、ジジ様。なにか、お飲み物をお持ちしましょうか?」
執事長が気を利かせて、そう聞いてきてくれた。
「そうですね。いつものように、ワインを飲みましょうか?」
「いいですね」
ふたりは、心躍る。
「おお、そうじゃった。あやうく、忘れるところじゃった。実は、魔大陸の酒を土産に持ってきたのじゃった。よかったら、それを飲まんか?」
「それは珍しいですね。飲んでみたいです!」
ふたりは即答した。
「ほほ、珍しいものだから、味わって飲むのじゃよ」
そういい、村長さんはひとつの瓶を取りだした。
精巧につくられたそれは、魔大陸の技術の高さをあらわしているのだろう。
少し濁ったそれはなんだかとても懐かしく……。
「えっ、日本酒?」
「なんじゃ、綾ちゃん。知っているのか?」
村長は驚く。
「ええと、わたしの世界にも、似たような酒があって……。米から作られた酒なんですが……」
「おお、そうじゃ。そうじゃ。これも、米から作られていると言っておった。魔王が土産に持たせてくれてな」
「へ~、すごい偶然ですね」
たしかに、すごい偶然だ。
前の世界とこの世界は、食物も似ているし、作り方が発見されていてもおかしくはない。
「よし、飲んでみよう。むこうで飲んだが、これは甘くてうまいぞ~」
トクトクと注がれた濁り酒を3人は乾杯する。
ゴクっと飲み込むと、濃厚な酒の味が口の中に広がる。
「おいしいですね。これ」
「じゃろ~。お前らと飲みたくて、わざわざ持って来たんじゃ。感謝しろよ」
ふたりとも、この味に舌鼓を打っている。
カツラギは……
「同じです。わたしの世界の酒の味と……」
久しぶりの日本酒に、彼女故郷の風景を思いだしかけていた。
まだ、数カ月しか経っていない日本の風景。
それが、どうしようもなく、懐かしく……
そして、嬉しかった。
もう会えないと思っていた懐かしい味に会えた。こんなに幸せなことはない。
「そうじゃ、これも土産でな。なんでも、魚料理によく合う調味料らしい」
「えっ、もしかして」
案の定、黒い液体が入った瓶が登場した。
それは、もちろん……
日本の味、「しょう油」だった……
念願のしょう油。
3か月我慢していただけで、禁断症状が出かけていた日本限定の調味料。
黒い悪魔。
「これもカツラギさんは知っているんですか?」
「はい。わたしの故郷の伝統的な調味料です」
一口舐めただけで、故郷の風景が浮かんでくる。
思えば、遠くに来たもんだ。
彼女はそんな懐かしさに浸っていたところ、王が話しかけてきた。
「これはどう使えばいいんですか?」
「そうですね。エビやイカに少しだけ垂らしてみてください。少量でも、しっかり味がつくので、少しだけにしてみてください」
3人はしょう油を垂らして、エビを食べる。
ああ、日本人でよかったという気持ちになれる瞬間だ。
「本当だ。 しょっぱくて、美味しいですね」
「うん、うまい」
三人で、おおいに飲み、おおいに食べた。
村長からはしょう油をもらった。
これで少しは日本食も作れそうだ。
この世界でも、なじみのものに会えるとは思わなかった。
でも、これは本当に偶然だろうか、この世界と日本はどこかで結びついているような気がすると彼女は思った。
「今日も一日、お疲れさまでした」
酔いつぶれた村長を、部屋に連れて行った後に王はそうねぎらってくれた。
「美味しかったですね。あの酒も、調味料も」
「よかった。あれが、わたしの世界ではよく使われている んです」
前の世界のものを褒められると、とても嬉しくなる。
たぶん、彼に褒められるから余計に嬉しいのだ。
「でも、本当にすごい偶然ですね。カツラギさんの世界のものが、魔大陸にもあるだなんて」
「そうですね。でも、少し安心しました」
「今度、向こうの料理も作ってくださいね」
「ええ、しょう油があるので、いっぱい作れますよ」
カツラギはそう答える。
大好きな人に、自分の国の料理を作れる。
その事実に、胸が躍った。
「なら、明日、作りますよ。宰相さんの最後の封筒のこともありますから」
宰相の最後の封筒には、こう書かれていた。
「カツラギ様が兄に美味しいごはんを作ること」と
それは今までの罰ゲームのようなものじゃなくて。
カツラギにとってはむしろ、胸が躍るようなイベントだ。
彼女たちは今日はたくさん動いたので、すぐ眠くなるだ ろう。
明日はバカンスの最終日。
明後日の朝には馬車に乗り、夕方には王宮に着く。
名残惜しいが、明日は最高の一日にしよう。
そう決心して、ふたりは眠りに落ちた。
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