第60話 最終日

 今日はバカンスの最終日。

 明日は一日がかりで帰るのでゆっくりできるのも今日までだ。

 三日間の短い休日だったが、本当に色々あった。

 そして、色々あればあるほど、この世界の不思議なところもわかってくる。

 どうして、この世界にカツラギは呼ばれたのか?

 日本と魔大陸の関係は?

 この世界の歴史はどこまでが真実なのか?

 わからないところばかりだった。


 たぶん、魔大陸には行かなくてはいけないだろう。

 そこに何かあるような気がする。

 それを知ってしまうのが彼女は怖くもある。

 契約結婚という特異な形ではあるが、自分が作ることができた居場所にいられなくなってしまいそうで……。


「(せっかくの休みなんだから、考え込むのはやめよう)」

 彼女はそう決心した。

 わからないことを考え続けたら、ネガティブな気持ちになってしまう。

 今日は王様と市場を見に行くことになっている。

 今日もいい天気だった。


「うわ~大きい魚がいっぱいですね」

 海といえば魚。

 魚といえば市場。

 今日の夕食は彼女が作ることになっているので、食材を買いに来たのだ。

 別荘のコック長行きつけの市場に。

 異世界の魚だから、もしかして深海魚みたいなものがたくさん並んでいるのではないかと彼女は心配したが、日本の魚とそうは変わらなかった。

 干し魚の屋台なども充実している。

 とりあえず、イカやマグロなどの切り身を買うことにした。

 米も別荘に買い置きが あるらしい。

 ちなみに今回の市場でのお買い物はお忍びだ。

 国王と王妃が来ているなんてわかったらパニックになってしまう。

 他人にばれないように買い物をするのがスリルがあった。

 お忍びの副産物でカジュアルな服を着た王をみることができて彼女は少し感動した。

 まあ、写真もないこの世界では、ふたりの身元がばれるなんて心配はほとんどないのだけれど。


 だから、カツラギは調子に乗ってこうささやいた。

「王様、こんなぎこちがないと、怪しまれちゃいますよ。手ぐらい握りませんか?」

 もちろん、彼女がそうしたいのだ。

「そ、そうですね。そのほうがいいですね」

 さらにぎこちなくなる彼。

 いつもからかってばかりな気がする。

「隙あり」

 彼女は思いっきり彼の腕をつかんだ。

 彼の腕と体のあいだに、手を入れる。

「カツラギさん、手をつなぐんじゃ……」

「恋人同士はこうやるんですよ」

「でも、これじゃあ、体が……」

「体が?」

 わかっていて、あえて彼女は聞く。


「なんでもないです」

 王は観念した。

 ヘタレたなとカツラギはにっこりする。

「じゃあ、あっちを見に行きましょうよ」

 そう言って彼女は王様を誘導した。

 ふたりの体は、かなり密着している。


 結局、お忍びのお買い物は、無事に終わった。

 少しドキドキしたけど、心配することもなかった。

 あの後の流れは……


 ただ、王の顔がトマトのように真っ赤になっていたということだけは書いておこうと思う。


「さて、準備をしますか」

 彼女は気分を変えるために、そう言った。

 別荘のコック長が手伝いをしてくれることになっている。

 王と村長は、夕食まで仲良く魚釣りに行ってもらった。

「いやだー。綾ちゃんとデートするんだー」

 とひとりだだをこねていたが……。


 買ってきたマグロの切り身から準備をする。

 村長さんからもらったしょう油と生姜、日本酒は飲んでしまったので代わりのワイン、高級な砂糖の代用ではちみつを使うことにした。

 さすがに、異世界なので、日本と同じ材料を集めるのは苦労する。

 鍋に水と調味料を入れて、沸騰させる。

 彼女にとっては懐かしい香りだ。

 まだ、離れて4カ月くらいだけど、このにおいを嗅ぐだけでとても嬉しくなる。

「もう、食べられないかもって思っていたのにな……」

 感慨深く彼女はそうつぶやく。

「やはり、故郷の味は格物ですよね」

 イカの下準備をしてくれていたコック長に聞かれていたようだ。

「すいません。つい、懐かしくなってしまって」

 いえいえと笑いながら、コック長はイカのはらわたを取ってもらった。


「ありがとうございます。ちょっと、下準備が苦手で……」

 カツラギは料理は好きなんだけど、魚などを捌くのがどうも得意ではない。

「わかります。わたしも慣れるまでに、かなり時間がかかりました」

 そう言ってふたりで笑いあった。

 コック長さんは、見慣れぬ料理に目が輝いている。

 下準備が終わると、カツラギの横に立って、一々感激している。


 マグロの煮つけをだいたい作り終えて、わたしはイカの煮物の準備を始める。

 煮物ばかりで、茶色い食卓になってしまったなと少しだけ後悔した。

 しょう油と再会できたよろこびで、ハイテンションになってしまい大事なことを忘れていた。

「こんなんじゃ、SNSで女子力が足りないって言われちゃうよ」

 そう言って、彼女はフフっと笑いだす。

 まるで、中学生が好きなひとのために、初めてお弁当を作っているみたいだ。


「王妃様、とても美味しいですよ」

 手伝ってもらったコック長に味見をしてもらった。

「この味付けが、米に抜群に合いますね」

 また、日本食のファンを増やしてしまった。

 異世界人だけど……。


「でも、よかった」

「なにがですか?」

「料理を作っている間、王妃様がとても楽しそうだったので」

「そうですか?」

「ええ、そりゃあ、もう」

「恥ずかしいですね」

 照れ隠しで、笑ってごまかした。


「本当に陛下のことが好きなんだなと見ていて、わかりました」

 いきなり、突っ込まれた爆弾に、彼女はむせる。

「そして、こんなに優しい味です。王妃様が、陛下をどう思っているかなんて、簡単にわかります。味は嘘をつきません」

 恥ずかしくなって顔が赤くなる。

 市場で王様をからかったから、その天罰かもしれない。

 でも、もう嘘はつけなかった。

 つきたくもなかった。


「はい、正解です。わたしは彼のことが大好きです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る