第61話 パンドラの箱


「「「ごちそうさまでした」」」

 3人は口をそろえてそう言った。

 夫婦と村長さん三人の食卓。

 村長はいまや王の親代わりみたいなものだろうから、幸せな食卓だ。


「はじめて食べましたが、とても美味しかったです。味付けも奥が深くて」

「こんな美味しい料理をガールフレンドが作ってくれるなんて、本当に長生きするもんじゃわい」

 発言内容が、老若逆のような気がする。


「本当はこれに味噌汁というスープをつけるのが、ベストなんですけどね」

 さすがに、カツラギ達は味噌は手にいれることはできなかった。

 もしかしたら、魔大陸に行けばあるのかもしれない。

 そんな贅沢なことを考えながら、カツラギは微笑む。

 大好きな人に、自分の国の伝統料理を美味しいと言ってもらえた。こんなに幸せなことはない。

 それだけで、胸がいっぱいだった。


「それも食べてみたいですね」

「うむ、うむ」

 ふたりも満足げにうなづく。

 よく考えれば、ふたりともカツラギにとっては命の恩人だ。

 もっと感謝しなくてはいけないと思う。

 カツラギの居場所をくれたふたりだ。


 前の世界では、なかった居場所を……。

 そう思うと、少しだけ目が潤んだ。


「さて、わしは少し散歩でもしてくるかの」

「こんな夜中なのにですか?」

「ちょっと空気を読もうかと思っての」

 年甲斐もなく、いたずら少年のような目でふたりを見てくる。

 このセクハラ爺めと王はにらみつける。


「師匠、カツラギさんに失礼ですよ」

 王が怒った。

「なんじゃ、お主。まだ、綾ちゃんに手を出していないのか? 結婚してもうすぐ半年じゃろ。あきれたわい。本当に甲斐性がない馬鹿弟子じゃ」

 ふたりは顔を見合わせて、真っ赤になる。

 このバカンスで、いったい何度目だろう。

 宰相、村長にいつもふたりは、はずかしめられている。


「ななな、なにを言っているんですか、師匠。だいたい、わたしたちは夫婦ですけど、夫婦じゃ……」

 王は慌てて反論する。

 その様子が、まるで……。

「本当に頑固な弟子じゃ。いいか、人生の大先輩として言わせてもらうぞ」

 村長はそんな弟子を呆れている。


「もっと、素直になれ。そんなんじゃ、一生後悔することになるぞ」

 後悔……。

 その言葉がカツラギの胸にも突き刺さる。

 

「ちゃんと、言葉にしないと伝わらないこともあるんだからな」

 村長がはじめてまともなことを言っているような気がする。

「いつの間にか、綾ちゃんがわしにぞっこんでも知らんからな」

 あっ、やっぱり違う。

 ちゃんとしていたら、かっこいいのに……とカツラギはため息をついた。


 そう言い残し、村長さんは散歩にいった。

 ふたりだけが取り残された。


「いっちゃいましたね」

「ええ」

 ふたりはふたりだけで取り残された。

 久しぶりに気まずい雰囲気になる。


「部屋で飲みなおしましょうか?」

「ハイ」

 気まずくなったら、いつもこれだ。

 ふたりは、出会ってからほとんど変わっていない。

 本当は変わりたいと望んでいるのに……。


「「乾杯」」

 ふたりはワインを乾杯する。

「終わっちゃいますね、夏休み」

 まるで、小学生のような感想だ。

「寂しいですか?」

「はい、とっても」

「わたしもです」

 そう言って笑いだす。

 出会ってから何度目の乾杯だろうか。

 この休み中はずっと一緒に寝ていたのに、カツラギたちの関係は進展しないままだ。

 あんなにアプローチしたのに……

 カツラギの心からそんな恨み節が、出てしまいそうになる。


「来月、魔大陸に招待されるようです」

「えっ?」

「さっき、釣りをしていたときに、師匠が言っていました。魔王様が大事な話があるらしいんです。わたしとカツラギさんで一緒に来てくれという伝言でした」

「大事な話ですか?」

「詳しくはわかりません。ただ、大事な話ということでした」

 その話に嫌な胸騒ぎが起きる。

 日本と密接な関係があるかもしれない魔大陸。

 そこの長が大事な話があるとして、カツラギを指名して呼び寄せる。

 なにかがわかりそうだ。

 知らないほうが、幸せかもしれないなにかを……

 

「さて、堅苦しい話はこれくらいにして。ありがとうございます。本当に、カツラギさんのおかげで楽しい休暇になりました」

「こちらこそ、ありがとうございます」

 カツラギは素っ気なく返してしまう。頭が混乱していたのかもしれない。

 そんな自分に、自己嫌悪していた。

 もう、こんなウヤムヤな事は終わりにしたい。


「あの、王様?」

「なんですか?」

 カツラギは、言おうか悩んでいたことを口にしようと決心した。

 もしかしたら、これを口にしたら、この居場所をなくしてしまうかもしれない。

「わがままなんですが」

「はい」

「迷惑かもしれませんが、あなたの立場を考えないことを言います」

 カツラギは酔っている。

 だから、言える。




「わたしはあなたのことが、大好きです」





 パンドラの箱は開かれた。

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