第34話 挙式③

 大きな鐘の音がする。ついにこのときが来てしまった。ふたりは内心でそう思っていただろう。

 さきほどの顔あわせでは、ふたりはほとんどろくに会話ができなかった。お互いにお互いをみて、固まってしまった。

「とてもきれいですよ」

「ありがとうございます。王様もとても似合っていますよ」

 こう言い合うのが精一杯だった。そのまま、時間切れとなってしまい今に至る。


 ついに会場前まで到着した。教会の入り口には、王が待っていた。

「お待ちしておりました。カツラギさん」

「おまたせしました、王様」

 そう言うとふたりで笑い合う。なにも知らない人がここだけみれば、普通の幸せなカップルだと思うだろう。カツラギもこの時だけは、そう誤解したかった。彼はどう思っているのだろう。そう思うと彼女は複雑な気分になる。


 入口の扉が開いた。ついにはじまるのだ。そう思うと彼女は緊張してしまう。さっきまでの悩みはどこかにいってしまった。教会の中には、多くのひとが待っている。諸外国の代表者、国内の重臣など。お偉いひとがそこにいる。彼女が、前の世界では関わることすらできなかった身分のひとたちが。足が震えている。


 そんな彼女に王がやさしく微笑みかける。

「だいじょうぶですよ。カツラギさん。かたくならないでください。一緒ならだいじょうぶですよ」

 その笑顔に女は安心する。王も笑顔を見て、一息ついた。

「よかった。だいじょうぶそうですね。では、いきましょうか?」

「はい」


 大きな拍手とともに、新郎新婦は一歩ずつ前に進む。鐘やオルガンの音が大きくなる。ああ、本当に結婚式なんだなとカツラギは実感した。そこにいるはずなのに、ふわふわしている気分だ。自分が自分ではないみたいな気分になっている。


 王と腕を組んで、前に進む。たくさんのひとがいるのに、そこにはふたりだけの空間になっている。不思議な世界。両親にもみてもらいたかったな。彼女はのんきな気分になってしまった。さっきの不安は、彼がどこかにもっていってしまったのかもしれない。


 新婦たちは神父の前にたった。ここからはすべて予定調和だ。神父はいつもの言葉を、いつも通りに言っている。

「病めるときも~」


 若き二人はそれを無言で聞いていた。新婦は無意識で彼の腕を強くつかんでしまった。

「誓いますか?」

 神前での誓いを促された。

「「誓います」」

 少し機械的に返事をしすぎたのかもしれないと花嫁は思った。でも、ふたりの関係を考えると、機械的に答えるべきなのかもしれない。


 そして、ついに、ついに、約束の時がやってくる。

「それでは、誓いのキスを」


 この言葉を聞いて、ふたりは約束通りに向き合う。新郎の腕は新婦を包んで、彼女も彼の体を包みこむ。来賓と神父から、顔が見えない角度に顔を調整し、そして……


 少しずつ、カツラギに彼の顔が近づいてくる。それは、たぶんとても短い時間での動きのはずだった。しかし、彼女にとっては、永遠とも思える時間だった。


(あと少しで触れられるのに……。触れたい。彼ともう少しだけ近くに――)


 でも、約束通り。彼の顔はもうすぐ止まる。すべては予定調和だ。


(もう、あきらめよう)


 彼女が悲しくなる自分を抑えようとしたその瞬間--


 新婦の唇になにかやわらかいものがあたった。女はなにが起きたかわからなかった。でも、確かにいえることは、



 彼女は彼に唇を奪われたのだった……

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