第33話 挙式②
カツラギはベットで悶えていた。この前の結婚式の練習--ふたりはキスをしているようにごまかすために……。
あの王が近づいてくる感覚を思いだして、彼女はドキドキする。なにかの拍子にくっついてしまう唇。それでも、その一線はなかなか超えることができない壁となって。
結婚式本番は明日なのに、ここ3日間こればかり考えてしまって眠れなくなってしまっていた。眠ろうとするとこの前のことを思いだして、目がさめてしまう。うまく寝ても、夢のなかで王に関する夢をみてしまうのだ。もうどこにも逃げ場がなかった。
「うー」
奇声を発して、足をバタバタする。どうしても眠れない。胸がドキドキ、ザワザワする。まるで、思春期の乙女だ。恋愛なんて、何度かしているはずだ。片思いでも、両思いでも……。そもそも、向こうでは婚約者だっていたはずなのに。彼との関係が特殊なせいだろうか。それとも、ここが異世界で、自分の住んでいた世界とは違うからだろうか。こんな気持ちになるのは、彼女は初めてだった。どうしても、心から彼のことを追い出そうとすると、余計に彼が心に居座ってしまう。
眠れないので、アンリが持ってきてくれたハーブティーの茶葉をポットに入れて、お湯を注ぐ。魔法で加工された特殊な金属の魔法瓶にお湯が入っている。異世界でこんな贅沢な暮らしができるとは思っていなかったと彼女は思った。リラックス効果があるお茶らしい。緊張で眠れなくなるかもしれないからと、アンリが特別に用意してくれたようだ。
彼女は椅子に腰かけて、窓から月を見る。異世界の特殊な月ではなく、見慣れた月。これだけが彼女の世界とこの世界を繋げてくれる気がする。そして、思いだすのだ。王と過ごした、お祭りの後を。一緒にみたあの月を……。
「月がきれいですね」
彼はそう言ってくれた。たぶん、言葉通りの意味だろう。でも、カツラギが住んでいた日本では、もうひとつ別の意味がある。彼が知らないのは当然だ。それでも、彼女はそこに別の意味を求めてしまうのだった。
「I love you.」という意味を……。
結婚式まであと10時間。
※
ついに当日がきた。そう、結婚式の当日が……。
結局、カツラギは昨日はあまり眠れなかった。そして、準備のため朝は5時起きだ。ドレスの着付け、ヘアメイク、そして、お化粧と……。てんやわんやで物事は進んでいった。
「カツラギ様、終わりましたよ」
少しウトウトしていたら、メイクをしてくれていた女性が起こしてくれた。
「ありがとうございます。昨日、緊張であまり眠れなくて……」
「そうですよね。一生に一度のことですから」
「はい」
「みんな楽しみに待っていますよ。がんばってくださいね」
「ありがとうございます」
その言葉に罪悪感を感じる。みんなをだましているのではないかと、心が痛かった。
「では、この鏡を使って、確認してくださいね」
鏡を覗き込むと……
「うわあ、きれい」
自分とは思えない自分がそこにいた。社畜時代のカツラギに見せたら、これが自分だとは信じてくれないかもしれない。
「とてもお似合いですよ」
「ありがとうございます」
バリバリ働いていたときは、忙しすぎて、あまりお化粧に力を入れられなかった。続く残業で、目には隈が常駐していた。あのころは、まさかこんなことになるとは思っていなかった。いや、思っていたら、よっぽどやばい人だが……。
「では、新郎様を呼んできますね」
「えっ……」
「だって、一番最初にみたいに決まっているじゃないですか。カツラギ様だって一番最初に見てもらいたいですよね?」
「は、い」
「少し待っていてくださいね」
彼女はあっという間に行ってしまった。
カツラギは、ひとりで取り残される。さっきのメイクさんへの答えに本音が含まれていたと後から気がついた……。
「こちらでございます、陛下」
ひとりの沈黙はすぐに崩壊した。
「それでは、ふたりでごゆっくり。時間になったら、お呼びしますね」
彼女は少し恥ずかしいので、扉の方に背を向ける。すぐに顔をむけることになるだろうに、無駄な抵抗をしてみる。
「おつかれさまです。カツラギさん」
「ありがとうございます」
カツラギはまだ、顔を見せないようにする。なんだか気恥ずかしいのだ。
「あの?」
「はい」
「顔を見せてくださいよ」
「ごめんなさい。少し恥ずかしくて」
そして、彼女は観念する。ゆっくり、顔を陛下の前に向けた。
「……」
「……」
ふたりは無言になる。それは気まずい無言ではなく、ふたりだけの世界がそこにあるという無言で……。簡単に言えば、お互いがお互いに見とれていた。
本番まであと1時間……。
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