第20話 ディナー

「キミとの婚約は、解消だ。キミは本当にいい駒だったよ。でも、利用価値はもうない。僕の前からいなくなってくれ」

「まさか、うちのエースだと思っていたキミがこんな不正に手を染めていたとはな。懲戒免職だよ。明日からキミの椅子はここにはないから」

「センパイ、早く婚約破棄に応じてくださいね。彼は、私が幸せにしますから」


 ※


「うわ」

 いつの間にか眠ってしまったようだ。彼女は周囲を見回す。


(よかった。まだ、こっちの世界だ。こっちに来てから、まだ数日しか経っていないのに何度もあの夢をみてしまう。自分がリストラを宣告されたあの会議室。絶望に染まる自分と、冷酷に事実を告げる上司。夢がさめると、安堵する。まだ、この世界にいることに……)


 ノックの音が聞こえた。

「カツラギ様、夕食の準備が整いました。こちらへどうぞ」

「ありがとう。いま、行きます」

 メイドさんが、呼びに来てくれたようだ。カツラギは急いで廊下へと向かう。


 食堂に着いた時、王と宰相はすでに席についていた。

「遅れて申し訳ございません」

「いえ、いいんですよ。長旅はお疲れになったでしょう」

「ハイ、いつの間にか眠ってしまったようです」

「わかります。わたしも仕事中にウトウトしてしまいました」

 3人で談笑していると、料理が運ばれてきた。


 夕食は、フランスパンのようなパンと野菜たっぷりのクリームシチューだった。お城の夕食とはいっても、かなり庶民的な印象だ。もちろん、野菜も新鮮で、パンも焼きたてでとても美味しかった。

「この世界の料理はわたしが住んでいた世界のものと似ていますね」

「そうなんですか。もう少し格式ばったコース料理が、正式な宮廷料理なのですが、わたしはどうも合わなくて……」

 王は苦笑して、答える。

「兄さんは庶民的な料理が好きですからね。コック長もこの前ぼやいてましたよ。たまには、もっと手の込んだ料理を作りたいって」

 宰相が、王様をからかった。

「悪かったな、馬鹿舌で」

 3人で笑いだす。


「さて、陛下。そして、カツラギ様。正式にこの後のことを聞きたいのですが……」

 宰相は今までのプライベートモードから、仕事モードに切り替えて、そう問いかけてきた。メイドたちはすべて下がらせている。

「謎の男のことは、陛下から聞きました。でも、まだ肝心なことはきけていませんよね?」

 ふたりの顔は同時に赤くなる。宰相は気がついている。でも、言葉でちゃんと伝えなくてはいけない。だから、聞いてくるのだ。

「宰相よ。気がついているとは思うが……」

「はい」

「おまえの提案を受け入れることにするよ。わたしはカツラギさんと、契約結婚する」

「そうですか。わかりました。では、明日より手続きを進めます。よろしいですね」

「「ハイ」」


 そして、ふと今まで見せていた弟の顔に戻る。

「では、弟としていわせていただきます。おめでとうございます。兄さん、義姉さん。幸せになってくださいね」

 その無垢な笑顔が、彼女の胸に突き刺さった。

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