第22話 暇

「暇ね~」

 カツラギにとって、王宮の生活は暇だった。

 特に役職があるわけでもない王の婚約者という立場は、マナー訓練や言葉の作法などの学習以外に時間を使うことはない。座学に関しても、この国の言葉やマナーは日本でもなじみ深いものが多く、習得までにそこまで時間はかからなかった。

 宮廷のパーティーにおけるダンスなども、カツラギは学生時代にダンス部に所属していたため、応用が可能であり教師も驚くほどの上達ぶりを見せた。


 約2週間で、基本的な事項の座学はほぼ完了し、教師陣からは「さすがは女神さまだ」「まれにみる大器」「まさに王様の隣にふさわしい逸材」と称された。

 あとは、他の国の言語についてだが、魔物語は「英語」に近く、マリン語は「中国語」に近いなど向こうの世界との共通点に助けられて基礎コースはすんなり合格した。


 本来ならば、「魔力」の練習なども必要だが、王よりカツラギが魔力を使えるかどうかわからず、こちらの世界の法則を捻じ曲げる可能性があるため、練習すら禁止されているため一番ネックなそれの授業がないことも大きかった。


 基礎コースを史上最速クラスで突破したカツラギにつけるための新しい講師陣が用意されることになったが、それがなかなか進まなかった。あまりの上達ぶりに、講師側の人材も最高峰の人物をそろえたいと王や宰相が考えたからだ。

 よって、カツラギは今が一番暇なのである。



 このままでは、王宮の図書館の本も読み飽きてしまう。

「みんなが、天才・天才ってはやし立てるけど、日本じゃそうでもないのにね」

 彼女は一応学校の成績はよかったが、天才と言われるほどではなかった。どちらかというと、努力型の秀才タイプ。場所が違うと評価も違うんだと不思議な気持ちになる。

 

「カツラギ様、こちらが新しい本です。今回は歴史書を中心にお持ちしました」

「ありがとう、アンリ」

 アンリとは、カツラギの世話をおこなう女中だ。

 王より、ベテランの女中をつけてもらって、身の回りの世話を助けてもらっているのだ。


「それにしても、暇ね。王様のお仕事とか手伝いたいけど、あきらかに越権行為だし」

「それはそうですよ。歴代のお后様は、特に実務は担わずに、社交の場で活躍される方が多いのです。カツラギ様があまりに上達が早いのもあるので、講師陣も胃が痛いと言っていましたよ。もう少し手を抜いてくださいまし」

 そういってアンリは、優しく笑った。彼女とはこの数週間でかなり打ち解けた。いまではこうして冗談を言い合う仲である。


「アンリの淹れてくれるハーブティーは最高ね」

「ありがとうございます。今日はクッキーも用意しましたよ」

「わー、美味しそう。ねぇ、アンリ。そういえばこの美味しいハーブだけど、どこで作っているの?」

「ああ、それはお城の中庭で、栽培しているんですよ。なにかあった時のために非常食にもなりますし」

「中庭に、畑があるの?」

「ええ、ご覧になりますか?」

「ぜひとも、お願いしたいわ」

「そんなに大したものではないんですけど。武骨な菜園ですよ。バラ園とかではなく」

「いいから、いいから」

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