第14話 祭

 祭りが終わって、カツラギは村長が用意した宿に案内された。今日はいろいろありすぎて、なんだか眠れそうにもない。まだ、この世界に来てから、1週間にも満たないのにたくさんのことが起きた。


 ベッドに潜りながら彼女はそう述懐する。


 わけもわからず空から落ちて、王に拾われて、彼の婚約者みたいなものになって、そして、いきなり命を狙われて、今に至る。


「どうして、こんなことになってしまったのだろう」と眠る前に、今日起きたことを彼女は思い返す。馬車で王様と楽しくおしゃべりして、村についてから王様の意外なところとかっこいいところを沢山みて、そして、彼女は……。


「これ以上はダメだよね」

 村長から聞いた、王様と宰相さんの関係。そして、王様が守り続けている信念。自分なんかが、簡単に踏み入れてはいけない大きな壁がそこにはある。彼女はそう考えた。


 簡単には超えてはいけないなにかが……。


 彼女はどうすればよいのだろうと暗い天井を見つめた。こんなことを考えて眠れなくなるのは、学生時代以来だ。仕事に明け暮れていたときはこんな悩みをもつこともできなかったのだから。


 宰相さんが王様を思う気持ちと、兄が弟を思う気持ち。ふたりはお互いを思っているからこそ、妥協点すら見い出せない複雑な問題になってしまう。


「生きるって難しいな……」

 使い古された言葉をカツラギはぽつりと漏らす。なんだか、おかしくなる。彼女はさっき殺されかけたのに、なぜだか安心していた。たぶん、次は彼が守ってくれると、確信しているからかもしれない。


「……」

 口には出していけない言葉が、思わず、漏れてしまいそうになる。自分しかいない部屋で、そんな我慢をする必要はないのに、口に出したらもう我慢できなくなってしまいそうで……。


「王様は私をどう思っているのだろう。自分の責任で異世界に転移させてしまった可愛そうな女という同情? それとも、珍しい知識をもった異世界人? それとも、自分の仮契約上の婚約相手?」


 答えなどでないとわかっているのに、どうしても出てしまう疑問。何度、寝ようとして、寝返りをうったかはわからない。彼女は眠れないまま、夜がふけていった。


 ※


 男も一人考えていた。


「今日は本当にいろいろなことがあったな。違うな。彼女と出会ってから、いろんなことが起こりすぎているんだ」

 王はいままでのことを思い出す。ほんとうにいろんなことが起きた。彼女は空から突然、現れた。最初は伝説の女神様かとも思ったが、彼女は普通の女性で。自分の魔法が原因で彼女を元の世界から召喚してしまったかもしれない。それについてはかなり罪悪感がある。だからこそ自分がが責任をもって、彼女を守らなくてはいけない。その決心は本当だ。


 彼女は最初は途方に暮れていたが、少しずつ元気になってきている。よく笑うようになった。道中の馬車での雑談は本当に楽しかった。彼が知らない世界のおもしろい話だった。久しぶりに仕事から解放された気持ちになった。


 そして、今日突然出現したフードの男のことも気がかりだ。彼女を殺そうとしている謎の男。今日は油断して不覚をとってしまった。もし、師匠があそこに来てくれなかったらと思うと……。


 男は後悔に震える。


 彼女を守るとなるともっと強くならなくてはいけない。やつの目的はよくわからないが、絶対にまた現れる。今度はひとりで戦わなくてはいけないのだから。


 そして、弟が提案したあの問題だ。彼女を、カツラギさんを王の妻にする。弟が王を心配して言ってくれていたのだろうとはわかっている。だが、彼女にとってそれは迷惑にならないのだろうか。いくら、契約上の妻という関係になるとはいえ。


 その悩みが彼の進むべき道を妨げていた。


 そもそも、王は恋人すらろくに作ったことがない。施設ではその日生きていくのが精いっぱいだったし、大学ではほとんどひと回り以上年上だった。卒業後も父王から縁談の話があったにはあったが時期尚早と断ってしまった。だから、異性と。どう話していいのか見当もつかない。今朝の馬車内で、その話をしようとしたが、とっかかりすらつかめなかったのだ。


 彼女は自分のことをどう思っているだろうか。それは完全に未知の領域だ。絶対にわからない。窓から月の動きも確認しながら、男はそんなことを思っていた。本当に月がきれいだった。

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