最終話 つきがきれいですね

 ※


 男はひとり歩いている。今日、彼はすべてを失った。

 自分と後輩の女がすべてを共謀して、元婚約者からすべてを奪った彼は、カツラギとの実力差を見せつけられる結果となってしまった。


 プロジェクトの主要な取引先であった企業の離反。そして、焦りから生まれていく強引な手法によって、崩壊していくプロジェクトチーム。そして、現・婚約者だった南海が調子に乗って、カツラギをはめた手法で会社の金を横領していたらしい。それが経理に見つかってしまい、南海はすべてを白状してしまった。


 ふたりは、即刻、懲戒免職となった。


「キミたちのやり方はあまりにも、悪質だよ? 社長はキミたちの刑事告訴も考えているらしい」


 その言葉を聞いて、南海は泣き崩れていた。

 男は絶望から何もすることはできなかった。


 歩道橋の中心で彼は倒れ込む。


「嘘だ、嘘だ、嘘だアアアアアアアアアアァァァァッァァアアアアアアアアアアアア」


 結局、男は、嫉妬の末に婚約者を謀略で失脚させたものの、実力は足りずにプロジェクトはとん挫し、挙句の果てに会社の金を横領した大悪人になってしまった。


 男の絶望はまだ、はじまったばかりだった。


 ※



 カツラギがこの世界に帰還してから、3日目の夜。

 今、ふたりは、王にプロポーズされた湖のほとりにいた。


 カツラギのことをみんなは温かく出迎えてくれた。

 宰相、アンリ、師団長などなど。

 もう会えないと思っていたひとたちに、カツラギは再会した。


 2日間の祝宴の後に、カツラギたちは村長に会いにいくこととなった。

 本来は、王族の夜の外出は、いけないことらしいけれど。カツラギたちは、わがままを言って、夜の間に出発した。

 ここに一緒に来るために……。


「もう、2年も経つでんすね」

「わたしの世界で、まだ1日しか経っていませんけどね」

 カツラギたちは、湖に反射する大きな月を見ていた。

 カツラギは、帰還後にすべてを話した。


 元の世界で婚約者がいたこと。王が見た写真の男は、その婚約者だったこと。彼に裏切られてすべてを失ったこと。そして、それがトリガーとなってこの世界に来たこと。


 カツラギ達の時間経過と、アイザック氏の理論では時間の経過に齟齬が生まれていた。それは、スーパーコンピュータ"ラプラス"の限界なのか、“超重力爆弾”起動前の世界からカツラギが来たからなのかわからない。


 だけど、はっきりしたのは、"デウスエクスマキナ"は完全ではないということ……

「(私たちの先には、まだ希望がある。世界は確定していないのだから……)」



「月がきれいですね」

 カツラギのほうから、彼にそう問いかける。

「はい」

 もうふたりの気持ちはわかっていた。バルベの塔で、彼はカツラギのために祈っていてくれたらしい。


「カツラギさん」

 彼は緊張した声でそう言った。

「はい」


「わたしはあなたのことが好きです」

 ついにカツラギたちは、素直になった。

「知っています」

 カツラギたちは笑いだした。

「だから、正式に結婚してください」

 カツラギが、わたしたちが、求めていた言葉だった。

 カツラギは答える代わりに、彼と唇を重ねる。


「幸せにしてくださいね」

 顔を離した後、カツラギはそう言った。


 ふたりで、月を見ながら抱き合っていた。

「本当に月がきれいですね」

「王様、実はですね」

 カツラギはその言葉の真実を明かす。

「なんですか」


「“月がきれいですね”っていう言葉は、わたしたちの世界では別の意味になるんですよ」

「どういう意味ですか」

「“愛しています”」

 彼の顔が真っ赤になった。


「それに対して、“死んでもいいわ”と答えるのが定番なんですけど、今回は別の言葉にしますね」

 カツラギたちは見つめ合う。


「ずっと前から、月はきれいでした」

 カツラギたちは永遠の愛を誓った。


――――――

約2か月に渡って、読んでいただきありがとうございました。

これにて完結になります!

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婚約者に裏切られて、リストラされた私が、異世界に転移して聖女様に間違われて王様に溺愛される D@カクヨムコン2年連続受賞 @daidai305

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