第72話 写真
彼女はひとりだけで、ベットに延々と考え事をして過ごした。
たまに、夜空を見上げる。
思いだすことは、彼のことばかりだった。
「仕事も無くなったばかりなのに、どうして彼のことばかり考えてしまうのだろう?貯金は結構ある。失業保険ももらえるだろうから、しばらくは大丈夫……」
考えなくてはいけないことは山ほどあるのに、カツラギの心の中にあるのはひとつだけだった。
「夢なら、覚めないで欲しかった」
カツラギはふてくされたようにそうつぶやく。
さっきまでは横にいてくれた人は、もういないのだ。
カツラギはひとりで、夢のなかでの思い出を思いだす。
空から降ってきた時のこと。宰相から突拍子もない提案。王と村長との決闘。フードの男の襲来。湖での最低のプロポーズ。ドタバタの挙式。不意のキス。パレード。彼のために作ってあげた料理の数々。海でのバカンス……。
夢なのに、すべてはっきり思い浮かべることができた。まだ、目がさめたばかりだからだろうか。もしかしたら、これは少しずつ失われていってしまうのかもしれない。
それを考えるだけで、胸が苦しかった。
彼との思い出が、もう手にはいらないのかもしれない。そんなことを考えたくはなかった。
カツラギは、どうしようもなく彼のことが好きだった。
わかっていたつもりだったのだけど、本当はわかっていなかった。もう少しだけでも、彼と一緒にいたかった。もう少しだけでも、彼と手を握りたかった。もう少しだけでも……。
そんな叶わない願いが、ポンポンと出てきてしまう。
なんとバカだったのだろう。あんな幸せな環境にいたはずだったのに……。カツラギはそれを壊してしまった。
彼のにおいが欲しかった。ぬくもりを感じたかった。
もしかして……
カツラギは、ひとつの可能性にかける。唯一あの世界から一緒に帰還したスマホを取りだす。
画面が割れてしまったスマホを、パソコンに繋いで、中のデータを確認する。
そして、
「あった」
奇跡はそこに起きていた。あの出来事が、彼という存在が。夢ではなかったという証拠が……。
カツラギは、泣き出す。視界はもうにじんでいて、なにも見えなかった。
たった数枚だけでも、データの中に彼は存在した。
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