第71話 帰還②
「ここは……」
目がさめた時、カツラギは見知らぬ場所にいた。白いベットに、薬品の香り。まるで、病院みたいだ。そんな風に思った。まさか、そんなわけがない。カツラギは、その考えを否定する。
「大丈夫ですか」
白衣を着た女性がそう聞いてきた。
「ここはどこですか?」
「ここは病院ですよ。あなたは、駅で急に倒れて、ここに運ばれたんです。カバンも何もなくて、身元不明だったんですよ? お名前と住所わかりますか?」
びょういん? 魔大陸じゃないのか。王様はどこにいってしまったのだろう。カツラギは必死に現実逃避した。
「いま、何日で何時ですか?」
カツラギがリストラされてから2週間ほど経過した日付だった。
向こうの世界では4カ月いたはずなのに、どうしてそんなに経っているのだろう? アイザックの理論では4時間くらいしか経っていないはずなのに……
「(わたしは、帰ってきてしまったんだ……)」
否定したかった事実を認めなくてはいけない。
大好きなひととあんな最低の別れ方をしてしまったということとともに。
そもそもあの世界は彼女の見た夢のようなものなのではないか? そう考えると血の気がひくような音がする。
「検査の結果、とくに異状はありませんでした。過労による貧血だと思われます」
彼女は淡々とカツラギの病状を説明してくれる。
「そうですか」
彼女は生返事を返すだけだった。
「念のため、一晩ここに泊まって様子をみたほうが……」
看護師さんはそう言った。
「大丈夫です!」
「でも……」
「大丈夫です。お願いしますから、帰らせてください」
カツラギは力強く帰宅する旨を伝えた。ひとりだけになりたかった。
その後、医師に生活上の注意などを説明されて、様子をみて通院するように言われた。親に連絡がなんとかついたようで、お金はすでに払っていてくれたようだ。他のことも詳しく説明を受けたはずなんだけど、その説明はほとんど頭には残らなかった。
そして、カツラギは自分の部屋に4カ月ぶりに帰還した。
彼女の持っていたカバンはどこかに行ってしまって、ポケットに入っていたスマホだけが無事だった。
自分の部屋なのに、まるでそんな感じはしなかった。むこうの世界に慣れてしまったのだろうか。
彼女はベットに寝転がる。そのベットは、王と寝ていたそれとは違う。
ふたりで寝られるほど大きくなく、そして、隣にいて欲しいひとがそこにはいない。
もしかしたら、夢を見ていたのかもしれない。リストラされて、ストレスが高まったことによる脳の幻覚。自分の居場所が欲しくて、作り出してしまった悲しい幻覚だったのかもしれない。考えれば考えるほど、おかしくなってしまうような感覚になる。
あの4カ月は、神さまがカツラギにくれた優しい休日だったのだろうか。
窓から夜空を見る。こっちの世界では、空は冴えていて、大きな月がカツラギを照らし続けてくれていた。
彼と向こうで、同じ月を見ていたことを思いだす。
それを思い出すだけで、心が締め付けられる。
「もう一度だけ、王様に会いたい」
さっき、彼に最低のことを言ってしまった口がそう言った。
都合が良すぎる。自己嫌悪だ。
でも、それでも……
カツラギは彼に会いたかった。
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