第18話 バルべ
ふたりは無言で馬車に乗っていた。これがさきほど結婚が決まった男女だとは誰も思わないだろう。とても気まずい雰囲気の中でふたりは、終始無言だった。
なぜなら、気恥ずかしいのだ。カツラギは、安易にプロポーズを受けてしまったことについて。たぶん、彼は最低のプロポーズをしてしまったことについて負い目を感じる。まさに、どちらも早すぎたマリッジブルー状態だ。どうしてこうなった……。宰相さんにはなんて話そうか。そんなことを考えながら、ふたりは王都へとむかっていく。
「カツラギさん、王都がみえてきましたよ」
彼はこの雰囲気を改善するために、口を開く。
「あれが、王都ですか!」
女もそれにならう。お互いに目は合わせない。いや、合わせられない。だって、恥ずかしいから……。そんな、ギクシャクした関係にたいして、彼女は景色に救いを求めた。そこには、大自然が広がっていて……。
「王様。あれはなんですか」
カツラギの目に留まったのは、自然豊かな風景ではなく、川や田んぼでもなかった。その中に不自然にポツンとたたずむ1つの建築物だった。それはなにか白い金属のようなものが幾重にもなって、空へと向かってそびえたっていた。しかし、その塔のようなものは、途中で折れてしまっている。金属は錆び付き、ボロボロだった。
「ああ、あれはバルベの塔ですよ」
「バルベの塔?」
まるで、聖書にでてくるかのような名前だ。
「そうです。昔、人類は神さまに挑戦しました。愚かな人類は、神さまの権威を超えようとして、高い塔を建築しようとしたのです。しかし、それは神の怒りをかってしまい、雷によって焼失した。あれは、その塔の名残と言われているそうです」
「わたしの世界にも、似た話がありました」
もしかすると、この世界と彼女の世界は繋がっているのかもしれない。
「そうなんですか。まあ、実際のところ、あくまで伝説だけで、本当のところはよくわからないんです。未知の材料が使われているそうです」
そんなことをふと考えていると王様は緊張してかちんこちんになりながらカツラギに話しかけてきた。
「それはそうと、カツラギさん。あの、その、ケ、ケッ……」
「ああ、結婚の件ですね」と女は助け舟をだす。
「はい、そうです。その件について、なるべく早めに、皆に伝えなくてはいけないと思っています」
「そうですね」
「それで、えっと」
「はい」カツラギは真摯な目で彼を見つめなおす。
「本当にいいんですか? 形式だけとはいっても……」
「陛下。女に恥をかかせないでください。わたしの覚悟はさきほど伝えたはずです」
(王様はきっと普通に結婚したら、尻にしかれるタイプだ)
カツラギはクスリとそう思った。
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
馬車は王都の門をくぐりはじめていた。
※
門をくぐると、民衆は一気に馬車を取り囲んだ。
「王様が帰ってきたぞ」
「きゃー、王様」
「女神様、こっち向いて」
カツラギは人生でここまで黄色い歓声をあびたことはなかった。彼女は少しきょどりながら、王に話しかける。
「すごい人気ですね」
「半分は、カツラギさんへの声援ですよ」
「あんまりからかわないでください……」
「本音です」
馬車は時間をかけて、城へと向かう。窓から見える風景は、まるで中世ヨーロッパのようだった。
「うわー」
彼女は思わず、子どものような声をあげてしまう。
「珍しいですか?」
「はい、すごいです。まるで、おとぎ話の世界みたい……」
「カツラギさんが住んでいた世界もみてみたいです」
「きっと、驚くと思いますよ」
馬車は王城に到着した。
「長旅、おつかれまです」
さきに降りた王はそう言って、女の手を引く。彼女は少しだけドキっとした。
「ありがとうございます……」
カツラギは少しかすれる声でそう返すのが精一杯だった。
「さて、いきましょうか」
そういうと王は、城の中にむかい歩き出した。カツラギも後に続く。兵士たちは整列して、ふたりを出迎えてくれた。本当におとぎ話のような世界だった。小さいころに憧れた世界がそこには広がっていた。
「玉座は3階です。そんなにかしこまらなくていいですよ」
彼はこっそり教えてくれる。たぶん、女はあまりの緊張で、ロボットダンスのような動きをしていた。
階段を優雅にのぼると、広間があらわれた。奥に玉座が見える。
「お帰りなさいませ。陛下」
居並ぶ者たちが、そう言い頭を下げる。カツラギが彼が本当に王だったと実感した瞬間だった。ふたりは玉座にむかって進む。
「お待ちしておりました、陛下」
玉座の横には、宰相さんがいた。
「留守中はありがとう。なにか問題は?」
「とくには。一応、報告書でわたしが決裁したことをまとめているので、ご確認ください」
「うむ」
「それから……」
宰相さんは二人の様子を見て、怪しい笑いを浮かべた。
「陛下のほうはうまく事が運びましたか?」
宰相はふたりにしかわからないように、小声でそういった。同時に赤くなるカツラギたち。
「なるほど。その反応でわかりました。では、カツラギ様の居室を用意してありますので、ご案内してきますね。兄上」
(すべては計画どおりですか? 宰相さん……)
カツラギは心の中でつぶやく。
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