第3話 宰相の陰謀

 あらためて、彼女は自己紹介をはじめる。

「わたしは、葛城綾といいます。28歳です。日本という国に住んでいました。そこで建築関係の仕事をしていました」

「女性なのに、建築関係ですか。それはすごい」

 王は感嘆の声をあげる。

「主に、設計など力が必要ではない部門でしたので……」

 詳しい話は、世界が違うのであまりしないほうがいいだろうという考えの発言だ。この世界の全容や、王の本心が分かるまでは、できる限りカードを手元に残したかった。

「なるほど。それでどうして、空から? 」

 宰相は誰もが思う疑問を突き付けた。ワインを一口飲み答える。

「わたしにもよくわからないのです。仕事が終わった後、帰宅途中にいきなり気を失ってしまって」

「気がついたら、空にいたと? 」

 王は的確に話を理解する。こんな突拍子もない話をいともたやすく受け入れた。


「そうです。そして、今に至ります。だから、わたしは女神なんかじゃないんです。単なる人間なんです」

「そうでしたか……」

「もしかすると、あの雨ごいの魔法が、こことは違う別世界に干渉して、カツラギ様をこちらに連れてきてしまったのかもしれませんね」

「雨ごいの魔法?」

「昨日は、豊作を願う祭りが開かれていまして、そこで王であるわたしが、王家のみに伝わる秘術、雨ごいの魔法を使ったのです」

「雨ごいの魔法は、世界の理を簡単に捻じ曲げてしまうほど、強力な魔法です。わが国でも、年に1度の豊作祭の時にしか使用は許可されていないものなのです」

 兄弟は続けて、答える。

「では、その魔法の影響で、わたしは別の世界に召喚されてしまったということですか」

「おそらく」

 王は神妙な顔でそう答えた。

「もとの世界に戻る手段は? 」

 ふたりは首を横に振る。

「そう、ですか……」

 死にたいと思っていたほど、嫌いな世界だった。でも、もう戻れないと思うと、どうしようもなく寂しい。見知らぬ世界で、自分はどうなってしまうのだろうか。

不安で胸が押しつぶされそうになっている。


「わたしはこのあとどうすれば……」

 思わず、不安が口から出てしまった。

「大変申し訳ございません」

 王の謝罪に困ったのは葛城本人だ。彼に非がないのはわかっているのだから。

「そんな。事故みたいなものですし……」

 彼女はあわててフォローしようとするが、言葉がでてこなかった。

「われわれで、できる限りのことはさせていただきます」

 王は本当にすまなそうにそう言う。この態度が彼女を安心させた。彼なら信じられるかもしれない。でも、あの婚約者の顔が頭をかすめた。向こうの世界ではもうわたしは必要とされていない。そんなわたしに彼は親身に寄り添ってくれる。でも、裏切られるかもしれない。


 婚約者に捨てられた女と分かれば、王も態度を急変させるかもしれない。そんな恐怖も女の中には存在している。


「であれば、兄さん。そして、カツラギ様。おふたりが結婚なさってはいかがでしょう? 」


 宰相は予想の斜め上の言葉を発した。そして、ここからふたりの運命ははじまる。



 結婚?異世界で?それも、あったばかりの王様と?意味がわからないよ。頭に?マークを大量に付けた女は呆然としていた。


「レクスよ。カツラギ様に失礼ではないか。なにを馬鹿げたことを言っておるのだ」

 王は諭すようにそう言った。


「結婚なんて……。突然、すぎて考えられませんよ」

 彼女も同感だ。婚約者に裏切られてリストラされたら、異世界に召還されて、お妃様。どんなシンデレラストーリーだ。


「おふたりとも、よく考えてください」

 宰相は冷静に話を続ける。


「民はカツラギ様のことを、女神様だと誤解しております。あの祭りの後、国中がその噂で盛り上がっていることでしょう」

「まぁ、そうだな」

「そうですね」

 そこはふたりとも同感だ。


「そんな状況の中で、カツラギ様を市井しせいで暮らせるようにと、住居を用意するとします。そうするとどうなるでしょうか? 」

「……」

「……」


「間違いなく民がうわさを聞きつけて、殺到するでしょう。そして、カツラギ様は、女神としての振る舞いを求められる。もしかしたら、病気の治療や雨ごいなども頼まれるかもしれません」

「ふむ」

「しかし、カツラギ様には、おそらくそのような異能はもっていないでしょう」

「はい、そんなことできません」

 彼女は普通のOLだ。超能力なんて、求められても困ってしまう。


「逆上した民衆が、カツラギ様をペテン師だとか、女神の名前を語る異端者などと決めつけ、迫害されてしまうかもしれません」

「「たしかに」」

 ふたりは同時に感嘆の声をあげる。


「で、あれば、われら兄弟が直接、守ることができる王宮にかくまうことが最善なのです」

「だが、どうして、結婚なのだ?。理論が飛躍してないか? 」

「カツラギ様はこの世界とは縁もゆかりもないかたです。もし、緊急事態に巻き込まれても、今の立場ではどうすることもできません。ただでさえ、王宮は嫉妬深い連中も多い世界です。しっかりとした後ろ盾が必要なのです。それもカツラギ様の秘密をしっかり、守ることができる口の堅い味方が」

 宰相は一息ついてこう話す。


「そうなれば、兄さん自らが後ろ盾になる必要があるのです。この国の王妃だとすれば、誰も文句はいえないでしょう。さらに、カツラギ様は天女だと誤解されている。王と聖女。立場的に言えば、つり合いがとれています」

「しかし」

「でも」


「別に本当に、結婚しなくてもいいのです。あくまで、形式的な問題です。契約結婚とでも考えてください」

「「契約結婚?」」

「そうです。陛下は、カツラギ様を守るために結婚する。そうすることで、カツラギ様をわたしたちの世界に召還してしまったことへの償いをするのです。陛下にはその責任があります」

 宰相はかしこまった言葉で、陛下を一気に説得してしまった。

「うむ」


「でも、わたしからは、みなさんになにもできませんよ。異能だってもっていません。契約というのに、これでは釣り合いが取れないのではないですか」

「いえ、カツラギ様はその立場にいていただくだけで、価値があります。今、わが国に聖女様が降臨したといううわさは、他国にまで伝わっている。その女神様が、国王妃となったと知れば、国中、いや世界中が我が国の王に心服することになるでしょう。それほどまでに、カツラギ様はこの世界では有名人となってしまっているのです」

「うう……」

 ダメだ。年下なのに、口ではかなわない。さすがに国家の宰相を務めているだけはある。女は反論を諦めた。

「悪い輩が、カツラギ様を狙うことだってあるでしょう。しかし、わが国の王の妻と言えば、そうはいきません。さらに、兄は国内だけでなく、世界的に見ても5本の指には入るといわれている魔術師です。最高のボディーガードですよ」

「……」

 なにも言い返せない。王は若いのに、そんなすごい人なのか。


「もっと、お互いを知りたいのですが……」

 辛うじて反論を口にした。

「で、あれば、来週の王の視察に同行してはいかがですか?。早急に結論をだすことではありませんよ」

「わ、わかりました」

 すべてを宰相に押し切られてしまった。


 王も何も言い返すことはできなかった。弟には甘いようだ。


(兄さん? 弟がこんなにアシストしたんだから、うまく決めてくださいね)

 宰相だけが内心では、満面の笑みを浮かべていた。

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