第2話 見知らぬ天井と食事
「ここは……?」
女は目がさめる。そこは見知らぬ天井だった。とても豪華な天井だ。
「目がさめましたか? プルウィア様」
男の声が聞こえた。まだ、中学生くらいの美少年がそこにはいた。
「プルウィア、様?」
「申し訳ございません。お名前がわからなかったので、勝手にそう呼ばせていただきました。プルウィア様とはわが国では、天界の女神を指す言葉でして、あなた様が空から落ちて来たので、そのように仮の名前にさせていただきました」
「あなたは?」
わけがわからないまま、相手の名前を聞く。日本ではないようだ。でも、日本語は通じる。不思議だ。
「失礼しました。わたしはアグリ国の宰相レクスと申します」
さいしょう?あぐりこく?言葉の意味がわからなかった。
「わたしは葛城綾といいます。日本人です。OLをしています」
とりあえず、最小限の情報だけを伝える。見知らぬ男に警戒感をもって当然だ。
「カツラギ様ですね。二ホン?OL?申し訳ございません。よくわからない単語です。どういう意味ですか」
「えっ」
こんな流ちょうに日本語をしゃべっている男が日本を知らない?。まったくもって意味がわからなかった。
「いえ、そうですね。天界よりいらした方です。わたしたちが知らない知識をお持ちなのですね。失礼を」
レクスという男に勝手に納得されてしまった。
「では、王がお呼びです。目がさめたら、カツラギ様とお話をしたいとのことで」
王? その言葉を聞くと彼女は青ざめる。この状況は、まるで日本で流行していた話の展開にそっくりで……
「異世界なの?」
思わず言葉にしてしまう。小説やアニメだけのフィクションだと思っていた現象が自分の身におきている。なんて馬鹿げたことを考えているのかと思いつつ、彼女はレクスについていく。
「こちらに王がお待ちです。出先ゆえ、粗末な場所ですが、ご容赦ください」
彼はそう告げると、大きな扉を開き、彼女を中に案内した。
「国王陛下。プルウィア様をお連れ致しました」
玉座の前で、彼は
「ご苦労」
国王陛下は威厳のある声でそう答え、玉座より歩きはじめる。彼女は緊張で顔がよく見ることができない。王は女の前で跪いた。
「さきほどは、どうも失礼致しました。アグリ国王ウィルと申します。プルウィア様とお会いできますことを大変、喜ばしく思います」
「えっ、いや、その」
女はパニックになった。国王という偉い人が、自分に跪いている。意味が分からない。なにこれ、ドッキリ番組かなにか。どこまでが、どっきりなの?。リストラまで? 声には出さず、内心では疑心暗鬼に駆られる女。
「なにかございましたか?。カツラギ様?」
レクスが見かねて助け舟を出してくれた。
「そうです。わたしは、プルウィア様じゃありません。葛城です。葛城綾です。単なるOLなんです」
「カツラギ様というお名前でしたか。それは失礼を」
「だからその頭を……」
その時、<グー>という音が広間に鳴りひびいていた。女のお腹の音だ。最悪のタイミングだ。
「フッ」
国王がふきだしてしまっている。レクスもつられて笑い出す。
「申し訳ございません。カツラギ様。ゲストをもてなすこともせずに。レクスよ、食事の準備を頼む」
「陛下、食堂にすでに準備しております。話はそちらで」
「であるか」
王様は顔をあげた。その顔は女をお姫様だっこしてくれたあのイケメンだった。
「それでは、お食べください」
国王は彼女に食事を勧める。
女はおそるおそる皿の蓋を開ける。異世界での食事。もしかしたら、すさまじいゲテモノ料理かもしれない。虫とか異形の肉とか食べなくてはいけないのかもしれない。地獄のような世界が広がっていたらどうしようか。そんな恐怖と戦っていた。
意を決して、前菜のスープをみた。
とても美味しそうなにおいのするスープだった。
「あの? これは? 」
給仕さんは優しく答えてくれる。
「こちらは芋とミルクのスープです。わが国では最もポピュラーなスープのひとつです」
「そうなんですか。美味しそう」
空腹の体に、スープを流し込む。優しい味だ。ミルクと芋とほどよい塩気。
「とってもおいしいです。ジャガイモのポタージュみたいな感じですね」
「ポタージュ? なるほど、カツラギ様の世界ではそういう風にいうんですね。お口にあったようでなによりです」
王はそれを、笑顔になる。場の全員が安心した。どうやら、この国の料理は、客人を満足させという安心感と、日本人でも食べられる安心感。
その後の料理もとても美味しいものばかりだった。レタスのサラダにオイルと酢をかけたもの。少し硬いパンとバター。チキンのステーキ。
食後の飲み物は、少し変わったハーブティーだった。
「目がさめなかったので、心配しておりました」
レクス宰相はそういった。
「そんなに目がさめなかったんですか、わたし? 」
「ええ、陛下に抱きかかえられて、しばらくしたら眠ってしまったようで」
「お恥ずかしい限りです。助けていただきありがとうございました」
「いえいえ、ご無事になりよりです。陛下もカツラギ様のことを心配しておりました」
「レクスよ。せっかくの食事中だ。陛下は堅苦しい。兄さんと呼んでくれ」
「そうでしたね。兄さん」
「ご兄弟なんですか? 」
「ええ、そうですよ」
王は微笑みながら、そう答えた。
女は王族の兄弟ってもっと血みどろな感じだと思っていた。疑心暗鬼になって、お互いを失脚させようとするのが物語の定番だ。だが、ふたりからはそんなギクシャク感はなかった。
「わたしの幼いころに、両親が亡くなりまして。それからは、兄が親代わりなんです」
不思議そうな顔をしていた女に、弟はそう説明してくれた。
「なるほど。そうなんですね」
「唯一の肉親ですからね。食事の時くらいは、堅苦しい話はなしにしようと約束しているのです」
王は慈愛があふれた笑顔だった。
「おふたりは、とてもお若くみえますが、おいくつなんですか?」
葛城は気になった疑問をぶつけてみる。
「そうですね。わたしが29歳。弟が16歳になります」
若っ!と、驚愕の顔を浮かべる、葛城。王様といったら、国で一番偉い人と相場が決まっている。宰相は、日本でいう総理大臣だよね。異世界すごっ。自分とほぼ同年代のひとと高校生が国のトップとは……。
「とてもお若いんですね」
「そうですね。ほかの国と比べても、わたしは若いほうだと思います」
「でも、兄さんは、我が国最高位の魔術師でもあるのです。わが国では魔法の才能が最も重要視されます。なので、国民からの信頼も厚いのです。あとはお妃様を迎えるだけなんですがね」
宰相は年相応の顔になった。本当に兄のことが好きらしい。
魔術。ここは本当に異世界なのだと彼女は実感する。
「最後のは余計だ。我が国は農業国のため、天候や温度、水を管理できる魔術師が最も重宝されるので、若輩者ですが王としてなんとかやっています。今日の料理の食材もすべて我が国で取れた農作物を使っているんですよ。よかったら、昨年取れましたワインもあります。飲みませんか?」
「いただきます」
女は結構、いける口だ。
「おお、そうですか。なら、よかった。」
王様はうれしそうに微笑む。給仕さんに命令をだす。
「すまないが、あのワインを持ってきてくれ。チーズも頼む」
すぐに、ワインとチーズが運ばれてきた。
「ありがとう。みんなも食事にしてくれ。あとはわれわれ3人だけの話にしたい」
王は人払いを命じた。兄弟と女だけが、広い食堂に残った。
「それでは、酒をのみながら、カツラギ様のことも教えてください」
ついに本題を突き付けてきた。
ここまで話をしやすい環境を作り、お酒でもてなす。相手が話しやすい環境を作ってくれている。王様は相当なやり手なのだろう。
彼女は自分のことを話し始めた。
※
~日本~
「見たかよ、南海?あの、葛城の顔? せいせいしたぜ」
「みましたー 最高のあほ面でしたね。あのプライドの塊のようなカツラギ先輩があんなに絶望するなんて、最高でしたね。さすがは、ひできさんです!」
「ああ、あいつと婚約して、よかったぜ。葛城のパソコンにスキを見つけて、細工できるようになったし、高いプレゼントも買ってくれるしな」
「ひどーい。まあ、それをすぐに売って、ふたりで楽しく温泉旅行できたから、先輩には感謝しないと」
「だよなー。あいつ、ほとんど男と遊んだことなかったみたいだから、少し優しくしただけで、コロッと落ちてくれたよ。マジウケる」
「仕事はできるけど、女としては終わってますよね。あんな人に、マウント取られてて、まじムカついたんですよ~。いつもいじめてくるし」
「ああ、本当に嫌な奴だったよ。俺もすっきりしたぜ」
篠宮は、葛城を追いだしたことで、仕事の花形プロジェクトの後釜に落ちつくことになっている。
我が世の春を謳歌するように、ふたりは楽しいひと時を過ごすのだった。
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