第6話 生ける伝説
「イースト村に着きましたね」
ふたりの話が盛り上がっていると、いつの間にか時間は過ぎ去っていた。もう少しだけふたりでお話をしていたかった。彼女は少し残念に思う。
「そんなにおちこまないでくださいよ、カツラギさん」
「えっ」
「不安かもしれませんが、大丈夫ですよ。なにがあっても、あなたは私が守ります。だから、一緒に来てください」
そういって、王は手を指しだした。カツラギは、震えながらゆっくりとその手を取った。
「では、行きましょうか」
「はい」
彼は、優しく微笑みながら、つかんだ手を包みこんだ。ふたりの体温がお互いに伝わっていく。前回の儀式の時は、ふたりとも混乱していたため、その余韻を感じる余裕はなかった。だからこそ、その行為に特別な意味をこめられているように感じるのだが。
この人にすべてを委ねてしまっていいのだろうか。カツラギは、日本での経験からか。どこか臆病になっていたのかもしれない。
だからこそ、彼女は前に進めなかった。
馬車をでた先に待っていたのは……
「陛下、お待ちしておりました」
鬼のようなモンスターだった。角が生えていて、肌が赤か青。身長は3mくらいあるだろうか。
「ああ、待たせたね」
王は気さくなあいさつをして平然としている。
「……」
本当に驚くと、悲鳴すらあげられないんだとわたしは学ぶことができた。なにここ、異世界?。イエス、異世界(錯乱)。カツラギは頭の中で、変なノリツッコミを入れている。
わたしは驚いて馬車の中で固まってしまった。
「カツラギさん、だいじょうぶですか?」
王は心配してくれている。
「あっ、あっ」
わたしは言葉にならない返事をする。王の手に包まれた右手は変な汗で湿ってしまっていた。その様子を見て王はすべてを悟った。
「そうでしたね。大事なことを説明していませんでしたね。彼らは魔人といって、魔大陸出身の住民です。少し怖い顔していますが、とてもやさしいですよ」
「申し訳ございません。カツラギ様。びっくりさせてしまいましたね」
鬼たちは丁寧に謝ってくれた。顔に似合わず、とても礼儀正しいひとたち。
「干ばつが起きた際に、魔王様が援助のために派遣してくれた人たちなんですよ。力が強いので、復興にとても協力していただいているんですよ」
「そう、なん、ですか。こちらこそ、失礼しました」
カツラギは一息つくと、王様に問いかけた。
「人間と魔王は協力関係なんですか?」
物語では大抵、両種族は対立関係にある。
「そうですね。250年前まではお互いにいがみ合い戦争が起きていました。ただ、その戦争が終わって、和平が結ばれた以降は、信頼関係を築くことができています。戦争も1度も起きていませんし、交易や文化交流も盛んです。特にわが国は、魔族と友好な関係を作れていますね」
「戦争ですか……」
鬼たちもうなづく。
「はい、悲しい歴史です。発端は人間と魔人の休戦ラインで、小競り合いが起きたことでした。アグリ国を含む4大国が、連合を組み魔王軍に宣戦を布告。報復の応酬となり、戦禍は世界中に広がったそうです」
王はそういって続ける。
「戦争の最終局面で、4大国連合は魔王軍の本拠地、魔大陸に侵攻しました。それに対して、魔王軍は総大将の魔王様が前線に出陣し、総力戦となったと聞いています」
赤い魔人はそう説明してくれた。
「最後の戦いとなった<ダイナモ会戦>で、そこまで戦況を有利に進めていた人間軍は壊滅的な被害を受けました。4大国の王のうち3人が犠牲となったそうです。また、魔王さまもその際に重傷を負い、痛み分けとなりました。双方、これ以上の戦争継続は不可能となり和平が結ばれたのです」
青い魔人も続ける。カツラギの手を握る力が強くなる。
「その後の和平交渉で、双方、この悲劇を繰り返さないことにすることで合意し、積極的な交流が約束され、平和条約が結ばれたのです。人間、魔人双方に数千万単位の犠牲がでたと言われています」
「……」
「悲しい話になってしまいましたね。でも、それ以降は人間と魔人が酒場で酒を一緒に酌み交わすことも珍しくないことになったのです。この村のように、共存共栄ができている場所すらある」
「なるほど」
「陛下、お待ちしておりました」
ひとりの老人が村の入り口に立っていた。村長だろうか?
「陛下はやめて下さい、お師匠様」
お師匠様……? カツラギは不思議な顔を浮かべた。
「そうかい、では、昔のように。よく来てくれたな、ウィルよ」
「お久しぶりです。お師匠様」
ふたりはとても親密な関係のようだ。
「カツラギさん、こちらが、わたしの魔法の師匠、ジジです」
「はじめまして、葛城です」
「おお、こちらが天界からいらした女神様じゃな。なんと美しい方だ」
ジジさんはわたしに近づいてくる。
ひざまずいて、手の甲にキスをされた。えっ……キス……。カツラギは動揺する。
「驚かれましたかな?。これはこの国伝統の挨拶でして……」
ジジさんはそう弁解した。なるほど。挨拶か。ならしかたない。欧米人みたいなものだなと彼女は納得した。
「ししょう~」
王はなぜか怒っている。
「どうしたんだ、わが弟子よ」
「それは西の国に住むエルフ族のあいさつでしょうが。カツラギさんに嘘を教えて、セクハラしようとしてますね」
「知らんかったか。わしゃはエルフ族じゃよ」
「あんたは思いっきりアグリ国出身の人間でしょ」
「はて、そうじゃったかの?歳でもうろくしてしまっているようじゃ」
周りの村人たちは笑い出している。
「このエロ爺。300才になってもセクハラですか」
王はいつもとは違って砕けた様子だ。
「なにをいう、このバカ弟子。わしはまだ268じゃ。そんな固いこと言っているから、いつまでたってもガールフレンドのひとりもできないんじゃ」
「あんただって、独身でしょ」
王の声が大きくなる。
「わしは結婚できなかったのじゃない。結婚しなかったのじゃ。だいたい、ガールフレンドはいっぱいいるぞ。隣町のローラに、港町のスザンヌ、それからそこのカツラギさんに」
しれっとガールフレンド認定されるわたし。
「このセクハラバカ爺」
周囲のひとたちは大笑いしながらその様子をみている。王は完全にキャラが崩壊していた。
赤い魔人がこっそり教えてくれた。
「このふたり、いつもこんな感じなんですよ。師弟漫才で、じゃれているだけなんで、笑ってあげてください」
「そうなんですか……」
「陛下が8歳の時から知っている仲で、たぶん一番気の許せる人なんだと思います。この村の村長は」
「へー。でも、陛下のお師匠さまなんだから、すごい人なんですよね、きっと」
「そりゃ、そうよ」
ひとりのおばさんが話しに割って入る。
「あんな風に見えても、あの爺さん本当はすごいのよ。うちの村の村長なんて、仕事のひとつ。なんたって、アグリ国元宰相で、国立魔法大学の初代学頭、現名誉教授。世界魔術師会議名誉議長。アグリ王国最高裁判所首席判事などなど。世界中の重要役職を兼務しているわよ」
とても偉そうな役職がポンポンと出てくる。
「そんなすごいひとなんですか。あの人」
王と漫才をしている姿とギャップがありすぎる。
「でもなんで、村長?」
「干ばつが起きた時に、対策会議の議長として来てくれて、そのまま、いついちゃったんです」
「なるほど」
いわゆる暴走老人か。
「さきほど、説明した魔大陸最終戦争の英雄です。ひとりで、いくつもの戦線をひっくり返し、魔王軍四天王の内、2人を撃破した大賢者。四天王筆頭の冥王様との決闘は、いまだに魔人たちの伝説ともなっています」
青い魔人がそう付け加えた。
「そして、魔王さまを傷つけた歴史上、唯一の人間でもある。連合軍と魔王軍、最後にして最大の戦い<ダイナモ会戦>にて、ひとりで敗走する連合軍のしんがりを務め、魔王さまの左腕を消滅させた男。魔人ですらファンが多い、別名<
二人の魔人はそう称える。
「あれが……」
ジジさんは、「うひょー」と奇声を上げ若い村娘に飛びかかろうとして、王に必死に止められていた。
「「「はい、あれが」」」
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