第10話 孤児
「孤児ですか……」
「そう、孤児じゃ。あいつと宰相はじつは血がつながっておらん」
いまの王という境遇とはまったく違う単語がでてきたことにカツラギは動揺する。最初は単語の意味さえよくわからなかった。
「あいつは3歳のとき、両親を流行り病で相次いで亡くしたそうじゃ」
「……」
「身近に頼りになる親戚もいなかったやつは孤児院に預けられた。よく聞く話じゃろ」
「はぁ」
「そのときのことは、あいつはよく語りたがらん。あんまり、よい思い出ではなかったのだろう」
「……」
相槌も入れずカツラギは黙って聞く。
「しかし、あいつには魔術師としての才能があった。もしかすると、史上屈指の才能の持ち主なのかもしれんな。もちろん、最強はわしじゃがな」
「ふふ」
重い話だが、軽口を入れることでカツラギが落ち込まないようにしてくれているのだろう。性格が違う師弟だが、根っこのところにあるのは同じのようだ。
「やつはメキメキと頭角を現した。その魔力は同年代のこどもでは太刀打ちできるものではなかったのじゃ。しまいには義務教育の学校の教師では相手にならないレベルになっていたそうだ」
「すごい、ですね」
「ああ、すごかった。やつは8歳にして、国立魔法大学に入学した。これはいまだに破られていない史上最年少記録じゃ」
「そこではじめてお会いになったんですか?」
「そうじゃ。先代の王は直々に「やつの教官となってくれ」とわしに依頼してのう。そのころ、すでにやつの名声は他国にまで響いていた。天才少年現るとな」
村長はなつかしそうな顔でつぶやく。
「そうして、やつはわしの弟子となったのじゃ。昔から生真面目すぎておもしみに欠けるやつじゃったわい。遊びを教えようとしてもいつも拒否されてしまったわい」
「変わらないですね」
「ああ、変わらない。齢13にして、大学を卒業した後は王宮付の魔術師として役人の人生を選んだ」
「順調なエリートコースですね」
「うむ。もうその時点で、ほとんどの大人はあいつの敵じゃなかったのだ。そして、後継ぎがいなかった先代王の計画は実行に移された。養子縁組をおこない、あやつを後継者に指名したのじゃ」
「すごいですね」
「この国ではたまにあることなのじゃ。農業国である我が国は、魔術師によって国が動いておる。だから、王は偉大なる魔術師でなければいけない。みんながそう思っているのでな。後継者に問題がある場合やいない場合は、国1番の魔術師に王権を禅譲することが美徳という考えだな。先代もそれにならった形じゃろう」
村長は一息ついた。
「その時はやつにとっては一番幸せな時間だったのだろうな。いまでも楽しそうにあのときを話しているよ。やつにとってははじめて手に入った家族だったのだから」
「……」
リストラという形で、婚約者からも世間に否定されたカツラギにとって、ズシリとくる話だった。
「先代の王と王妃、そしてやつの関係はとても良好だった。ふたりは実の子のように接してくれた。やつはいまだにそれを感謝している」
「でも、宰相さんは?」
いままで、話にでてこなかった弟さんの話題を振る。
「そうじゃ。やつが後継者に指名されてから、数年後。国王夫妻は奇跡的に実の子を授かったのじゃ」
「それが宰相さんなんですね」
コクリと老人はうなづく。
「やつは、気をつかって、王に進言したのじゃ。自分を廃嫡し、義弟を皇太子にしたほうがよいと……」
「それで結果は?」
「今の通りじゃ。先代夫妻はそれを退けて、やつを皇太子として扱った」
「もう、ふたりの中では、やつは実のこども同然じゃったのだろう。3人、いや、4人は本当の家族になってしまっていたのじゃ」
「すごい決断ですね」
「先代の王が今でも尊敬されている理由じゃな。魔術師としてはそこまでの実力をもってはいなかったが、人格が非常に優れていたひとだったよ」
「いま、先王夫妻は?」
「10年前、世界会議にむかう船が事故で難破してな……」
「それっきり?」
「うむ。まだ、宰相が4歳の時の話じゃ」
「やつは2度も家族を失ってしまったのじゃ。だから、残された弟を誰よりも大切にしている。まるで、自分の子供のように」
「……」
「そして、あいつは弟に負い目を感じている」
「負い目……?」
「弟が座るはずであった王位を、結果的に簒奪してしまったことへの後悔。自分をよくしてくれた恩人の実子をないがしろにしてしまっていることへの後悔」
「真面目過ぎますね」
「<過ぎたるは猶及ばざるが如し>とはよく言ったもんじゃ。あいつはわしの弟子なのにくそ真面目すぎる」
月がとてもきれいに輝いていた。
すこしの間、ふたりは無言になっていた。
「だから、やつはいまだに結婚も恋人もいない状態を貫いている。自分が未婚であれば、弟が後継者となる十分な理由となるからな。政治も混乱せず、権力闘争も起きない」
「でも……」
彼女はあえて、それについて批判をしようとした。
「うむ。自分の幸せをないがしろにしてしまうことになっている。やつはそれでもいいと思っているのじゃ」
「……」
「そして、弟はそれを申し訳なく思っているのだ。自分のために、幸せをなげうってしまう兄をみたくはないのだろうな」
「兄弟そろって真面目過ぎますよ」
「血は繋がっていないのに、実の兄弟のような感じじゃ」
フフと村長は乾いた笑いをうかべた。
「だから、宰相は今回の奇跡に願ったのじゃ。兄を幸せにしてくれ……と。空から落ちて来た女神様のあなたにな」
「……」
そんな責任重大な立場を、なぜよくわからない自分に。彼女は単なるOLで……異能も特別でもない単なる女なのに。
「では、あとは若いものでということで。邪魔者は退散するよ」
そういうと村長はいそいそとどこかにいってしまった。
「大丈夫ですか? カツラギさん」
そう呼ばれて振り返ると彼がいた。王だった。
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