第39話 王都での一日

 宰相も仕事があるということで、食堂を出ていき、彼女はひとりぼっちになってしまった。お世話をしてくれるアンリなど侍女のひとは何人かいるのだけれど……。

 そう、やることがないのである。

 王妃になったから、江戸時代の大奥みたいな女の世界が広がっているのかもしれないとビクビクしていたが、それは杞憂だったようだ。彼女たちはとても親切だし、同僚同士で嫉妬に狂う様子もみられない。とくに、決まった礼式があるわけでもないので、カツラギも自由に過ごしてよいそうだ。


 だから、カツラギは自由の身だ。しかし、自由すぎて、なにをすればいいのかわからない。そもそも、この世界には、スマホもないし、マンガもない。さすがに自由にショッピングに行くこともできない。

 暇なのだ。仕事人間だった彼女にとっては、暇というのは最も忌み嫌う時間だ。なにかしたい。

 貧乏性だといわれてしまうかもしれないが、そういう性格だからしかたない。


「本でも読みたいな~」

 椅子に座りながら彼女はひとりごとをつぶやく。

「なら、図書館にでも行きませんか?」

 突然の声に彼女はビクッとした。

「えっ……」

「あっ、申し訳ございません。つい、王妃様の声が聞こえてしまって……」

 アンリだった。


 図書館は、城の南館にあった。自分の寝室から、5分くらいの場所だった。

「こちらが、図書館です」

「ありがとう。いつもはアンリに持ってきてもらうから直接来るのははじめてね」

「どんな本を読みますか?」

「そうですね。この世界の歴史について書かれた本が読みたいかな?できれば、簡単なものがいいです。あと、料理の本」

「わかりました。では、用意してきますね。椅子に座って待っていてください」

「ありがとう」


 ふたりが図書館に入ると、そこにいた者が驚いて、立ち上がった。

(しまった。わたしは有名人だった)

 みんな直立不動で立っている。

「みなさん、そんな気をつかわないでいいですよ。どうぞ、ごゆっくり……」

 とっさに出た言葉だったが、とても効果的だった。みんな緊張を解いて、再び本を読みはじめた。

(まさか、ここまでわたしが王妃に成りきれるとは……。来世は女優にでもなりたいかもなんてね)

 アンリが本を探して持ってきてくれた。

「いま、借りてきました! こちらで読みますか?」

 みんなの視線がちらちらと痛い。

「帰ってゆっくり読みましょう」

 彼女は視線に耐え切れず、そう言った。

(本当に王妃になってしまったんだな~)

 謎の感慨にふけりながら、ふたりは図書館を後にした。


 椅子に座って借りてきたばかりの本を開いていた。

『わたしたちの歴史』。

 シンプルなタイトルだ。絵が多くて、読みやすいものを選んだと、アンリは言っていた。それはとても助かる配慮だ。この状況においては、正確性よりも簡単でわかりやすいもののほうが、ありがたい。とくに、彼女のような異世界人にとってはなおさらだ。

 ページをめくる。その本は、まるで絵本のような本だった。


「昔々、神さまは世界と人間、そして、動物たちを創りだしました。最初は、みんな仲良く暮らしていたのです。神さまは人間たちに色々なことを教えてくださいました。火の使い方、道具の作り方、農業の方法--人間たちはそれを喜んで学びました……」


 さすがはファンタジーのような異世界だ。歴史からして、すでにファンタジーだ。

「そして、人間たちは教わった方法で、どんどん豊かになりました。しかし、そこには大きな落とし穴があったのでした。それは、人間たちの傲慢さです。人間たちは神さまから教わったことを悪用し、自分たちが神さまに取って代わろうとしたのです。そのために、バルベの塔のような高い塔を世界各地に建設しました。神さまを見下して、自分たちが新しい神さまになろうとしたのです」

(わたしたちの世界の神話にもよくありそうな話だ。根本的なところが、わたしたちの世界とこの異世界とでは似ているような)

「神さまはその暴挙に激怒し、人間たちに罰を与えました。世界中に神の怒りを降らせ、悪い人間たちの世界を亡ぼしたのです。さらに、人間たちが今後悪さをしないように、魔人を創りだし人間たちを監視するようになりました。そうすることで、人間たちは改心しました。自分たちの愚かな行為を忘れないため、崩壊したバルベの塔の近くに城を作りました。それが、今のアグリ国となっているのです……」

 よくありそうな建国神話だ。でも、なぜかそれに冷たさを感じる


「王妃様、お茶を淹れてきました。よかったら、お飲みください」

 アンリが、ハーブティーを持ってきてくれた。どうやら、クッキーもあるらしい。

「ありがとう。そうね、少し休憩にしたいわ。アンリも、ちょっと付き合って休憩にしましょう」

「えっ、いいんですか」

「いいわよ」

 ふたりはくつろぎながら、お茶を飲む。

「王妃様、どこまで本を読んだんですか?」

「アグリ国ができるまでよ」

「そうなんですか。はやいですね」

「そう? この話なんだけど、どこまでが本当なの?」

「ええと、実はよくわからないんですよね。昔からある言い伝えをまとめた感じで。偉い学者さんたちが、必死に研究しているらしいんですけど、わからないことが多いそうで……」

「そうなんだ」

 考えれば、考えるほど不思議な話……

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