第40話 外堀
ふたりはクッキーを食べながら、雑談を続けていた。
「このクッキー美味しいわ。シンプルで」
「材料は産地直送ですからね~」
「むこうの世界でも、こんなにおいしいクッキーは食べたことないわ」
「王妃様が住んでいた天界ってどんな世界なんですか」
カツラギは、その質問に少しドキリとする。そう、カツラギは彼女の中では、天界から落ちて来た“女神様”なのだ。
少し考えて彼女は答える。
「そうね。なんでもある世界だったわよ」
「“なんでも”ですか~」
「そう、なんでも……」
あの世界にはなんでもあった。お菓子も、肉も、機械も……
「例えば、お菓子はいつでも手にはいって、好きな時間に好きな演劇や本を読むことができるようになっていて……」
カツラギは元の世界を思いだす。あの世界は本当になんでもあった。
「本当に天国みたいな世界ですね!」
アンリさんは、目を輝かせて、わたしの話を聞いている。
「そうね……。まるで、天国のような世界だったわ」
物に満たされた幸せな世界。ただひとつだけないものがあった。彼女の居場所だ。カツラギの居場所だけが、なんでもある世界になかった。本当に皮肉なものだ。
なんでもあったはずの世界に自分の居場所がなくて、少し足りないこの世界に自分がいてもよい場所がある。
「王妃様は、なにか趣味とかあるんですか?」
「そうね。読書とか料理が好きだったわ」
「いいですね~。そうだ、今度、陛下に何か作ってみては?」
「ゴホン、ゴホン」
彼女の唐突な提案に、お茶を吹き出しそうになる。
「だいじょうぶですか?」
「大丈夫。少しびっくりしただけ」
「やっぱり、ご夫婦なんですから。そういうのもいいと思うんですよね~」
「そうね。でも、コック長さんがいるから……」
カツラギはなんとかごまかそうとする。
「さっき、コック長さんも、異世界の料理を見てみたいっていましたよ~。この前の野菜のこともあるみたいで――そうだ、思い立ったら吉日。今日、作りませんか?」
「えっ……。今日!?」
「ハイ!! わたしもお手伝いします」
外堀は無邪気なアンリに完全に埋められていた。カツラギは急いで、脳内のレシピ本を読み漁るのだった……。
求めるものは、もちろん……
“簡単で失敗しないもの”
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