第51話 ベッド

 ベッドはひとつしかなかった。

 大事なことなので(以下略)

 こんな脳内ボケをかますくらい、カツラギの頭は混乱していた。


(なんで、ベッドがひとつしかないんだ。もちろん、黒幕はあのひとしかいないんだけどね)

「あ、あの、ベッド本当にひとつだけですか?」

 わたしは慌てて、執事さんに答えを確認する。


「ハイ。宰相様から、おふたりは、とても仲が良い夫婦なので、ベッドはひとつで大丈夫というお話を伺っております。本当に新婚さんでうらやましい」

「……」

「……」

 ふたりは顔を見合わせる。

 そして、同じタイミングでため息をついた。

「「そうですか」」

 声を合わせて、そう言いまたため息をつく。

 どっと疲れてしまった。

「それでは、夕食の準備をしておりますので、準備ができるまでお待ちください」

 執事さんはそう言い、部屋を後にした。


 ふたりは、顔を見合わせる。

 そして「プッ」と笑い始める。

 なんだか、可笑しくなってしまったのだ。

 今日は宰相に振り回されてばっかりだ。

 この場にいないはずの人なのに、一番影響力がある。

 あの腹黒イケメン少年に、この旅行中どれくらいしてやられるだろうか。

 それが怖くもあり……

 そして、それが楽しみでもあった。


(旅行なんて、何年振りだろう)

 彼女は、忙して、楽しむこともできなかった、あの世界の日々を思い出す。

 それがあるから、今の楽しい時間がある。

 たぶん、帳尻合わせなんだ。彼女はそう思うことにした。

 

「カツラギさん、海がとても綺麗ですよ」

 王が珍しく少年のようにはしゃいでいた。

「本当にすごいですね」

 彼女も正直に感想を伝える。

 この前の夜以来、カツラギはひとつの結論に達した。

 どんな特殊な立場でも素直に生きようと……。


「お茶を淹れますから、眺めましょう」

「ありがとうございます」

 彼女は、魔法瓶のような魔道具から、用意されていたポットにお湯を注ぐ。

「今日はお疲れ様でした」

「ありがとうございます」

 そう言い、夫婦は同じソファーに腰掛ける。

 契約結婚という関係だが、こういう夫婦っぽいところも少しずつ出てきている気がする。

 彼女たちにとってはそれがとても幸せだった。


 夕方の海を、ふたりで窓から眺める。

 それは最高の気分だった。


 カツラギはいつもなら、ここで魔法の言葉を唱えているはずだ。

「彼を好きになってはいけない」と。

 でも、彼女は気がついてしまったのだ。

 あの、夜に……。

 そして、決心もしたんだ。

 素直になろうと。


(だって、その魔法の言葉を唱えている時点で、

 すでに、

 わたしはどうしようもなく、彼を好きになっているのだから)


 ふたりの手はいつの間にか結ばれていた。

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