第69話 真実の箱

「わたしたち31人はなんとか生き残った。しかし、使われた“超重力爆弾”の被害は甚大だったのだ。世界からすべてが破壊されていた。物理法則を含めた世界のあらゆるものを歪めてしまった」

「歪めるとは?」

 彼は深刻な顔で聞いている。

「時間が歪んでしまっているのだ。どうして、こうなったかはわたしたちにもわからない。調べることができるコンピュータもすべて吹き飛んでしまったからな。そして、物理法則の乱れにより、世界崩壊前の遺物を作ることすら難しくなってしまった」

 時間が“いびつ”とはどういうことだろうか。


「世界崩壊前にあったものと、世界崩壊後にできたものでは、流れる時間が違うのだ。同じ一日という時間を過ごしていても、それはわたしたちにとっての一日であって、彼らにとっては一日ではない」

 複雑な言い回しにカツラギの頭は、パンクしてしまいそうになる。

「簡単に言おう。旧人類にとっての一時間は、新人類にとっては一か月となってしまうのだ。同じ時間を過ごしているのにも関わらずな」

 全然、簡単ではなかった。

 よくわからない。


「アイザックの説明はわかりにくいわ。わたしが説明しましょう」

 脇の女大臣がそう話を遮った。

「老化スピードが変わってしまったと考えてください。例えば、葛城さんが一年間この世界で過ごしたとします。でも、葛城さんの体にとっては、一年間はたった半日経過しただけなんです。一方で、王様の体は、一年間分老化している」

 少しだけわかったような気がする。

 その説明ならば、カツラギのスマホの充電が減らない理由もよくわかる。

 カツラギは、この世界に来てから経過した。でも、スマホとカツラギの体にとっては、わずか過ぎただけにすぎないのだ。


「“不老不死”とは言いすぎかもしれないが、そう思ってもらってかまわんよ。実際、わたしたちは数万年生きている」

 数万年。気が遠くなる時間だ。


「生き残った者は、生活を作り直そうと努力した。仲間同士で結婚し、子を作り、社会を作ろうとしたのだ。言語も、世界史上稀にみる平和な時間を過ごした旧日本の言語を公用語として使おうとした。げんを担いだのだ。葛城さんや。この世界に来た時、どうして言葉が通じるのか疑問には思わんかったか? それは、我々が計画したからなのだ」

 それは思った。フィクションの世界と同じご都合主義。そんな偶然はなかったということか。


「わたしたちは、ユートピアを作るんだと熱狂したよ。物理法則が乱れたためなのか、いつの間にか魔法が使えるようになっていた。最初は、わしの孫が気がついたんだ。ある朝、「じいじ手から炎が出るんだ」と言ってな。そして、やり方を研究し、ついにわたしたちはそれを手にいれた」


「でも、そこには悲しい現実があったのだ。自分たちの子が、孫が私たちよりも早く死んでしまうんだ。わたしたちは、老いることもなかったのに……」

「そこで、その法則に気がついたんですね」

「そう。それを知って、絶望し自殺者まで出た。世界の破滅から逃れたのにも関わらずな……。これは呪いなのかもしれない。偽神を作った傲慢な我々に対する天からの罰」

「…………」


 アイザック氏は、悲し気な顔になる。


「しまいには、子孫からも気味悪がわれるようになっていった。彼らはわしらに反発し、この国を去った。やつらは、われらを“魔人”と呼んでて怖がっていたよ」


 それが、人類と魔人が分かれた故事の真相か。

 悲しい歴史だ。


「わしらは、人間ではない。もう、人ではなくなってしまったのだ。ここに人を寄りつけてもいけない。だから、大陸全体に魔法を使い、ここで生まれたものが異形の姿となり、人間を超えた力をもつようになる呪いをかけたのだ」

 自暴自棄。まさに、その言葉がピッタリだった。


「わたしを殺そうとした理由はなんですか? それと、わたしたちへの依頼とは何ですか?」

 カツラギは今日、最後になる質問を口に出した。


「そうだね。その前に、君たちに見ておいてもらいたいものがあるんだ」

 そう言うと、アイザック氏は、服の中から小さな箱を出した。

 黒い箱。大きさは、宝石箱くらい。ただ、どこにも開け口がなかった。

「これは?」

 カツラギは聞く。謎の箱だ。


「スーパーコンピューター“ラプラス”だよ。もっとも、これはその残骸みたいなものだがな……」

「こんな小さなものが?」

 王がそう驚いている。

 世界を崩壊させた原因となった人類にとってのパンドラの箱。まだ、それが存在していることに、驚いた。

「逃げ込む際に持ち出した残骸だからな。完璧な未来予測はできんのだ。不完全な予測になってしまう。しかし、それだけでも十分に役立っている」

 アイザック氏は、そう言った。

 なんでも、過去の戦争や災害もこの残骸によって何度も助けられたそうだ。もちろん、予測が外れたことも多かったそうだけど……。


「では、この残骸で、わたしの出現も予測されたんですか」

 カツラギは、箱をアイザック氏に返した。

「そうです。おそらく、アグリ国王のもとに現れると想定されていた」

「どうして、アグリ国だったのでしょうか?」

「すまんが、それはわからんのだよ。あくまで、機械の予測だからの」


「では、どうしてわたしを殺そうとしたんですか?」

 カツラギはさきほどの質問を語気を強めてそう繰り返した。

「この残骸が、君がアグリ国王と結婚しわたしたちが築いた秩序を崩壊させる可能性が高いと予測したから」

 アイザック氏は悪びれずにそう言った。

「未来を、変えようとしたんですか?」

「そうだ」

「なら、どうして今はわたしを殺さないんですか?」

「もう、きみを殺せる確率が絶望的だからだ。あの時は、まだ2%くらいの希望があったがな。今はもう限りなく0%に近い。さらに、わしらが返り討ちにあう可能性もかなり高くなっている」

 機械によって、世界を滅亡させた人類が、文明崩壊後も機械に縛られ続けている。なんと、滑稽な姿なんだろうか。


「わたしたちへの頼みとは何なんですか?」

 憐れみすら感じて、カツラギはそう聞いた。

「葛城さんにお願いがあるんだ。もとの世界に帰ってくれないか?」


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