第68話 タイムトラベル?
「あのときの……」
カツラギはその男をおぼえていた。忘れられるわけがない。なぜなら、この男は、カツラギを殺そうとした男なのだから……
王の顔が険しくなる。オーラのようなものがでているような気がする。一触即発の状態だ。
「久しぶりですね。あの時は失礼しました」
フードの男は、そう言った。柔和な口調だが、それが不気味だった。
メガネをかけた小太りの初老の男。鼻が大きく、特徴的だ。威圧感はなく、学者面の紳士。ひとを殺そうとしたこともないような紳士だが、だからこそ不気味だった。殺意のようなものが、その笑顔からにじみ出ている。
「そんな怖い顔しないでください。今日は話し合いなのだから」
彼はそう言った。カツラギ達は、未だに緊張を解けない。
「だいたい、さっきまでの状態で、殺そうと思えば、いつでも殺せたんだから」
下品な冗談だった。冗談とはわかっていても、怖い。彼なら、本当にそうできるとわかっているから、なおさらだ。
「魔王さま」
脇に控える女大臣が、男を戒める。やはり、この男が魔王と同一人物なのか。
「この姿で、魔王はやめてくれよ。わたしは人間だ」
魔王が人間? 意味がよく分からなかった。
「では、あらためて、自己紹介を。わたしは、アイザック。人間の男だ。昔は、学者をしておった」
「昔?」
王は、険しい顔でそう言う。この世界の最長老である魔王が、人間であって、学者。頭が混乱する。
「順を追って話そう。まあ、座りたまえ」
そう言うと椅子とテーブルがまた用意された。これができるということが、フードの男=魔王を証明している。
「さきほども言った通り、この世界は異世界ではないんだ。葛城さんがいた世界と同じ世界なんだよ」
「でも、わたしのいた世界には魔法なんてありませんでした」
うむ、と彼はうなづく。
「簡単に結論を言いましょう。この世界は、あなたが住んでいた世界の未来の姿なのです」
「機械文明は一度滅び、新しく魔法の文明ができました。それがこの世界です」
「では、わたしは……」
「そうです。あなたは、異世界に転移したのではないんですよ。時間旅行をして、ここにいらっしゃるんです。あなたは未来の世界に来たんです」
「…………」
「…………」
カツラギ達ふたりは、沈黙する。この世界は異世界じゃなく、未来? カツラギは、タイムトラベラー?
「そして、わたしたち魔人の正体ですが……」
この後、また真実という名の爆弾が投下される。カツラギは無意識で、身構えた。
「葛城さんが住んでいた機械文明の生き残り、つまり、“旧人類”とその末裔です」
「どうして、人類はふたつに別れたんですか?」
かろうじて、出せた声がそれだった。
王様たち“新人類”と、魔人たち“旧人類”。カツラギも、旧人類に分類されるはずだけど……
カツラギと魔人では、姿が違いすぎる。
「そうだね。君は西暦何年から来たんだい」
久しぶりに聞く西暦という単語。フードのおとこが、どうしてその単語を知っているのか。やっぱり、彼はカツラギと同じ世界の……
「2020年です」
「そうか。では、カツラギより、約400年前の人ということか」
400年前。ということは、アイザック氏は25世紀の人間ということか。
「そう、事件が起きたのは、西暦2432年。人類は、神を創りだしたのだ」
「神?」
仰々しい名前が出てきた。
「そう、God。神様だ。人工的に作り出された、世界最高のスーパーコンピュータ“ラプラス”。そのスーパーコンピューターは過去のあらゆるデータを集積し、因果を組み合わせることで、将来のすべてを予測できる画期的なものだった」
「だから、“ラプラス”なんですね」
「その通り。人造の全知全能の神。現代のデウス・エクス・マキナとももてはやされたそれによって、将来の可能性はすべて予測され、わたしたちに様々な恩恵をもたらした。だが、それが悲劇のはじまりだったのだ」
「なにが起きたんですか?」
「それを創りだしたインディアナ連邦が“ラプラス”を独占しようとしたのだ。そうすれば、世界の覇権はたやすく手にはいるとな……。しかし、」
アイザック氏は、急に口を閉ざした。
「それに反発する国と戦争になったのですか?」
王はそう言った。
「そう。それに反発したユーラシア共和国、ローデシア帝国は、インディアナ連邦に宣戦を布告した。世界大戦が起きたんだ」
「でも、“ラプラス”はそれも予測していたんじゃ……」
「そう、予測していた。戦争が起きる12月15日以降の予測をエラーとすることでな」
「……」
「ほとんどの人はそれを、機械のエラーだと思い込んでいた。開発者のわたし以外はな」
「開発者?」
「そう、開発者だ。わたしは、神を創造した男であり、世界を亡ぼした男でもあるのだ」
アイザック氏は、沈痛な表情をした。
「それで、世界は……」
「君の時代にあった核兵器を上回る“超重力爆弾”というものが使われてな。世界はわずか10分で、ほとんどが灰となった。世界人口5兆人は、一瞬にして31人まで減少したのだ」
「なぜ、あなたたちは生き残ることができたんですか?」
カツラギはそう問いただす。
「わたしたちは、立場上ラプラスの予言をみることができたからな。爆撃の影響を辛うじて、受けない場所の地下に避難した。できる限りの、生物と植物をもってな」
「なぜ、あなたは戦争を止めなかったんですか?」
カツラギは怒気をこめてそう言った。
「回避する努力はしたよ。でも、その努力をしても、予想されるXデーを数日しか遅らせることはできなかった。もう、残された道は種の存続をはかることしかなかった」
彼の眼は潤んでいた。
世界を滅ばしたこと。罪悪感なんて言葉じゃ表現できないほどの、十字架が彼にはのしかかっているのだろう。
「では、この世界に伝わる神話のような歴史は……」
「すべてが真実だよ。人間たちは増長し、神の世界を目指す機械文明という塔を作ったが、結局は神の怒りをかってしまいすべては灰燼に帰した。例えば、アグリ国にあるバルベの塔は、旧日本にあった高い塔の名残だ」
「その後、世界はどうなったんですか?」
彼は話を再開する。
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