これはたぶんデートじゃない。
「重たくない?」
「全然たいしたことないです」
買い物に出かけた月海先輩を追いかけて、ぼくは街を走った。
結局、先輩を見つけたのは目的地のスーパーにたどり着いてからだった。やっぱり普段から鍛えている人とぼくでは歩くスピードが違いすぎる。
「まったく、お父さんもこれくらいの買い物なら今度に回してくれればよかったのに」
「今夜必要だったんじゃないですか?」
先輩が買ったのは少々の野菜と各種調味料だった。全部合わせてもさほどの量にはならない。非力なぼくでも充分持って帰れるレベルだったので荷物持ちをさせてもらう。
ぼくらは並んで街中を歩いた。
肩をぴったり並べて――とはいかない。ぼくの方が背が低いから。
ペースはゆっくりだ。たぶん月海先輩はもっと速く歩けるのだろうけど、ぼくに合わせてくれているように感じた。意識すると、足音も重なって聞こえる。
でも、これをデートと呼ぶのは違うよね。
約束も何もなく、ぼくがただ追いかけてきただけだ。なりゆきで一緒に歩いているにすぎない。
今はこうでも、少しずつ進展させられるかな。
「こうやって歩くのは懐かしいわね」
「小学校以来、ですよね」
「あの頃は何も気にしなくてよかった……自由に帰りたい人と帰ってよかったのに……」
先輩はしみじみ言う。
中学に入って、年上の男子たちに目をつけられた。告白を片っ端から切り捨てたが、周りの視線が気になってぼくから距離を置くことにした。
彼らが、戸森
そこまで考えてもらっていた。ぼくは幸せ者だ。
広い通りを外れ、住宅街の中へ入った。
細い道を抜ける方が早く家につける。
ゴールデンウィークということもあって、鯉のぼりを立てている家があった。今日は快晴、時折風も吹くのでよくなびくだろう。
「鯉のぼり……景国くんは覚えているかしら」
「何かありましたっけ?」
「小学生の頃、うちが毎年鯉のぼりを立てていたじゃない」
「そういえばやってましたね」
街中で鯉のぼりを立てるにはそこそこ庭が広くないと、ご近所に迷惑がかかる。その点、月海家はお屋敷で敷地が広いから問題なかった。
「あの頃は景国くんも見に来てくれたのよね」
「母さんに連れていってもらった覚えがあります」
その頃には、もうぼくの父さんは離婚して家にいなかった。同じような事情で月海先輩のお母さんも。
けれど、ぼくがあの時期に嫌な感情を持っていないのは、母さんも頼清さんも月海先輩も、みんないつだって笑っていたからじゃないかと思う。
「いつだったかな、景国くんが来てくれた時に雨が降り始めたの。私は、鯉のぼりが濡れちゃうから片づけなきゃって慌てたんだけど」
先輩は、くすっと思い出したように笑う。
「そしたら景国くん、『鯉だから濡れたらもっと喜ぶよ』って言ったの。それを思い出しちゃって……ごめんなさい、ふふっ……」
「…………」
えぇ……。
なんでそんなエピソード覚えてるんですか? 小学生の世迷い言ですよ?
でも考えてみるとそんなこと言った記憶もあるんだよなあ。何も知らないって恐ろしいね。
「あの頃から景国くんはころころしててかわいらしかったわ。今でも変わらないのが嬉しい」
そっかぁ、変わってないのかぁ~。
つらい。
「ぼくはシュッとしたかっこいい男になりたいんですけど……」
「それは重罪だし文化的損失よ。自分のアイデンティティをつぶしてはいけないわ」
「そこまで深刻な話なんですか!?」
先輩は少し黙った。
「……かっこいい景国くんは、何かが違う気がするの。千利休がワインのソムリエってくらいこれじゃない感じがする……」
「そこまで……?」
しかも顔関係なくない?
「ともかく、景国くんには今のままでいてほしいわ」
「はあ、まあ先輩が言うなら……」
……無理に変えることもないのだろうけど。
家が見えてきた。
今日はこれでお別れだ。
そんなタイミングで、先輩がつぶやいた。
「景国くんが中学の頃から変わっていないのは、私にとってすごくプラスなことなの。仲良くできなかったあの時期の空白まで、今は一緒に埋められる気がするから……」
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