2学期(後半)
宴のあとのおだやかな朝
目が覚めて、枕元の時計を見ると10時を過ぎていた。
こんな時間までぐっすりだったのは久しぶりだ。文化祭の疲れが思った以上にあったらしい。
ぼくはしばらく天井を見つめた。
……キス、したんだな。
昨夜の光景が蘇ってくる。
月海先輩と交わした、初めてのキス。先輩の柔らかな唇の感触が確かに焼きついている。
つきあってるのにしないの?――そう言われることもあった。だけど、ぼくたちのペースで進んできたから、あんなに夢のような瞬間にたどり着けたのだ。ついにぼくはやった。ファーストキスの相手が月海先輩で本当によかった。ぼくは幸せ者だ。
……そういえば、月海先輩が朝ごはん作りに来てくれるはずだったんだよな……。
この時間だ。
さすがにいったん帰ったかな。
ぼくは起き上がった。
「……んん……」
月海先輩が、ベッドに上半身を乗せて眠っていた。
「なんぜ?」
ぼくは要領を得ないことを口走っていた。
もしかして、様子を見に来てくれたのだろうか。起きるまで待つつもりで、自分も眠ってしまったのか?
「せ、先輩」
ゆさゆさしてみる。
「んぅ……あ、景国くん……」
すぐに起きた。
「おはよう……」
「おはようございます。あの、なぜここに?」
「台所で待ってたけど、景国くんがなかなか起きてこないからどうしようかなって思ってたの。そしたらお母さんが帰ってきて、『部屋に押しかけちゃえ』って言ってくれたから……」
母さんめ、相変わらずけしかけてくるな。
「景国くんの寝顔があんまりかわいいから、じっと見つめていたら私まで眠くなっちゃったみたい」
「か、かわいかったですか……」
「いつもよりもっと幼く見えてね」
素直に喜べない……。
まあ、変な顔をしているよりはマシか。
「あらためて、昨日はお疲れさま」
月海先輩がカーペットに正座する。
「先輩こそ、やることいっぱいあって疲れたんじゃないですか?」
「私は楽しかったから平気。それに……」
先輩が人差し指で唇をなぞる。
「キスもできたから」
ぼくは自分の顔が熱くなるのを感じた。
「景国くん、顔が赤くなってるよ?」
「み、見ないでください……」
「本当にかわいいんだから」
「うう……」
思わず、布団で顔を隠した。
「そうそう、
「そっか、柴坂さんはぼくの連絡先知らないですからね」
「無理に交換しなくていいと思う」
「……はい、しません」
月海先輩、ぼくと柴坂さんの接触にはけっこう敏感だよな……。
「未来生ちゃんはこれから忙しくなるだろうから、また協力だけはしてあげてね」
「何かイベントありましたっけ」
「11月は次期生徒会役員の選挙があるでしょ」
「あ、そうでした」
柴坂さんは生徒会長に立候補するつもりなのだ。ここ数年は立候補者が一人だけで信任投票のみが続いているらしいけど、今年はどうだろう。
「道場にも通い続けてくれるみたいだから、応援してあげないとね」
「そうですね。手伝えることがあったらやりましょう」
「でも……」
月海先輩はちょっと迷うように間を開けた。
「どうしました?」
「……これはワガママかもしれないけど、あんまり仲良くしすぎないでほしいかな」
窓の方を見ながら、
「私、
小さな声で言う。
すねたような言い方にドキッとさせられた。
そうだよな。やっぱり気になるよね。
「せ、節度ある行動を心がけます」
「なんだか定型文みたい。景国くん、たまに面白い返しするわよね」
「お、面白かったですかね、今の」
「少しだけ」
先輩がクスッと笑う。
「朝ごはん、どうする?」
「今から食べます」
「じゃ、用意するわね。景国くんはゆっくり着替えてきて」
「ありがとうございます」
ぼくはベッドから降りる。
――そこに月海先輩が近づいてきた。
声を出す間もなかった。
そっと、一瞬だけ唇が重なる。
先輩がすぐに離れた。
「またしてみたくなっちゃった。景国くん、これからは覚悟しておいてね」
「い……いつでも大丈夫です」
「ふふ、ありがと」
先輩が部屋から出ていく。
ぼくは右手で唇をさわった。
まだ月海先輩の熱が、そこに残っているような気がする。
一つ関係が進み、ぼくたちはまた少し変わった。
その変化もいずれは日常に埋め込まれていくのだろうけど、今のドキドキと脈打つ感情は、絶対忘れないようにしたい。
さあ、着替えよう。
今日もいい一日になりそうだ。
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