燃え尽き症候群になる暇もない
「野球部に休みはないのか……」
隣で山浦君がぼやいている。
振替休日を挟んだ週明け、学校は文化祭の片づけから始まった。
屋台の道具はすべて業者へ返してあるので、あとはゴミを集めるだけだ。
ぼくと山浦君はタッグで渡り廊下を見回っていた。他のクラスメイトたちもあちこちに散っている。
「文化祭の次の日って普通休みにしねえ? いつも通り練習あったんだよ」
「それは……お疲れさま」
「監督、秋の大会初戦で負けたから焦ってんのかな~」
夏の大会ベスト8からの秋初戦敗退は確かにガクッとくるかも。3年生が引退して、メンバーが大幅に入れ替わっているとはいえ。
「あ」
「どうしたの?」
「戸森、ここは任せた。俺は別のところを見てくる」
「ちょっと、山浦君……」
行ってしまった。
振り返ると、駐輪場の方から月海先輩と夏目先輩が歩いてきた。――そして、夏目先輩がすかさずどこかへ移動していった。
二人とも、そんなに空気読まなくてもいいのに……。
「景国くん、お疲れさま」
「先輩は屋台出してたところの掃除ですか?」
「うん。当日のうちにほとんどやっちゃったからやることなかったけどね」
月海先輩は周りをキョロキョロ見渡して、小さくうなずいた。
「ねえ、ちょっとこっちに来て」
「あ、はい」
ぼくは月海先輩のあとについていく。駐輪場の手前を左に曲がり、壁に沿って校舎の陰へ……。
待って。
なぜ誰もいないところへ動いているの?
「せんぱ――」
言い切れなかった。
いきなり、先輩に抱きしめられたのだ。
「景国くん、あったかい」
「せ、先輩まずいですよ……こんなところで」
「急にスリルがほしくなったの。少しだけだから」
「ば、ばれたら大変なことに……」
「来ないわよ、誰も」
背中が壁に当たった。前は先輩の体。サンドイッチにされている。
どうしよう。さっそく心臓がバクバク鳴り始めた。
先輩、最近は胸を押しつけるのにも抵抗がなくなってきたようだ。今もぼくの肩付近にとても柔らかい感触がある……。
また顔が赤くなっている気がする。寒い空気もどこかへ逃げてしまった。
ああ……もう何も考えたくない……。
目を閉じていると、先輩が腕を解いた。
「ありがとね、景国くん」
「い、いえ」
「今の私、頭の中が景国くんでいっぱいなの。耐えられなくなったら、またこういうことしちゃうから」
「ぜ、絶対に見つからないところでにしてくださいね」
「わかってる。こう見えても周囲の気配には敏感だから」
そう見えます。
「そろそろみんな教室に戻る頃かな。景国くん、またあとでね」
「はい。……先に行ってください。間隔あけて戻ります」
「そう? じゃあお言葉に甘えて」
月海先輩がいなくなると、ぼくは壁に両手をついて深呼吸した。
ああもう、ドキドキしすぎて心がもたないよ! いろんな意味で!
† †
「ポップコーンの屋台ですが……残念ながら900円の赤字となってしまいました……」
柴坂さんが無念そうに報告する。
掃除が終わり、ホームルームの時間になっていた。
「ポップコーン自体は完売。材料の量とカップの大きさからして、盛りすぎてもギリギリ黒字になるはずなのですが……」
教室の中が気まずい空気になる。
「みんなどんだけつまみ食いしたんだよ……」
山浦君のつぶやきでさらに空気が重くなる。担任の佐々原先生が「おほん」と咳払いした。
「まあ俺が現場にいなかったのも悪かったな。今回は俺が補填しておくが、来年は同じことを繰り返さないでくれよ」
みんなが「はい……」と返事した。屋台に立っていなかったメンバーはとばっちりだ。
佐々原先生が柴坂さんと入れ替わって教壇に上がった。42歳、ラグビーで鍛えた体とオールバックにした黒髪のせいで野性味あふれる雰囲気をまとった先生だ。
「さて、浅高祭が終わったばかりだが、すぐに次のイベントが来るぞ。来月には次期生徒会役員の選挙がある。うちのクラスからは柴坂が生徒会長に立候補する以外は誰も手を挙げていない。他に立候補したい者はいるか?」
教室は静かなままだ。
「まあ、まだ日程には余裕があるから気が変わった者は教えてくれ。柴坂、来月中旬の演説会までに応援演説をしてくれる人間を決めておく必要がある。そっちも早いうちに頼んでおくように」
「わかりました」
「よし。では、これでホームルームを終了とする」
† †
お昼休み。
月海先輩のところに行くため、ぼくは立ち上がった。
教室を出ようとしたところで、その会話は聞こえてきた。
「
「まだ考えているところです。このクラスで、壇上に立った時の影響力が大きい人……」
「いるかなぁ、そんな人」
「一応、いるにはいるのです」
「マジ? 誰のこと?」
「戸森さんです」
「えっ」
「戸森さんにお願いすることも選択肢の一つに入れていまして」
「……へー」
……おいおい。
柴坂さん、本気?
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