私が卒業したら、先輩呼びはやめない?

 3月1日。

 浅川高校の卒業式が明日に迫っている。


「おはよう。久しぶりの登校だね」

「はい、よろしくお願いします!」


 今日は3年生が卒業式のリハーサルを行うので、月海先輩も登校するのだ。


 制服姿の先輩と一緒に通学路を歩くのは久しぶりだ。

 明日は頼清さんがいるだろうし、二人きりで歩けるのはこれで最後かな……。


「なんだかこの1年、あっという間だったな」

「早すぎてさみしいです」

「4月から一人で学校行ける?」

「さ、さすがにそれは大丈夫ですよ。小学生じゃないんですから」

「ふふ、まあ景国くんの周りにはいい理解者がいっぱいいるから、私はあんまり心配してないわ」

「そうですね。いい人たちに恵まれました……」

「むしろ、私の方が不安な感じ。大学でうまくやっていけるか……まだ合格したかどうかわからないけどね」

「先輩はみんなに頼られる存在になりますよ。これまでもずっとそうだったじゃないですか」

「合コンとか誘われたら嫌だなぁ……」

「…………」


 それはぼくも嫌だ。


「できれば、行かないでほしいです……」

「そうね。景国くん以上の男の子はいないもの」

「もし大学にいちゃったらどうしますか?」


「ありえないわね」


 即座の断言。


「私は景国くんだから好きなのよ。それを上回る相手はいないと思ってる。安心して」

「先輩……」

「だから、貴方も未来生ちゃんに心変わりとかしないでね?」

「し、しませんよ。そんな度胸ありません」

「度胸があればできるの?」

「そ、そうじゃないんですって。ぼくは月海先輩だけを見てます。先輩じゃなきゃ意味がないんです」


 ふうん、と月海先輩が少し嬉しそうにする。


「ところで、卒業しても私のこと、先輩って呼ぶつもり?」

「え」

「これまでずっと月海先輩で来たじゃない? これからも同じ?」

「で、でもこれが当たり前になっちゃってるので、変えろって言われても……」

「光って呼んでもいいよ」

「で、できないです! おそれ多い!」

「気にする必要ないのに。小さかった時は光ちゃんって呼んでくれたじゃない」

「あの時とは違いすぎますよ……わっ」


 月海先輩が抱きついてきた。ぼくはよろけて転びそうになる。


「まあ、すぐにとは言わないけど、いつかは名前だけで呼んでほしいかな。言えるように練習してね?」

「が、頑張ります……」


 校門が見えてきた。

 まだ空は曇っていて、雪もたくさん残っている。なかなか快晴にならないから、卒業という言葉も重く聞こえてしまう気がする。


「さあ、今日も張り切っていきましょ」

「はい、先輩!」

「…………」

「ふ、不満そうな顔しないでください……」

「ねえ、一回だけ呼び捨てやってみない?」

「ええっ!?」

「お願い。頑張ろうねとかそんな感じでいいから、流れで名前を呼んでくれないかな」

「う、うぅ……」


 自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。「月海先輩」が当たり前のぼくにとって、名前を呼び捨てにするのはハードルが高すぎる……。


 けれど、先輩がどうしても言ってほしいというのなら、度胸を見せる時だ。


「きょ、今日も頑張りましょう……ひ」

「ひ?」

「ひ、光……」

「なんだか流れが悪いなあ」


 い、意地悪だ……。


 ええい、こうなったら恥なんて気にするものか!


「光! 頑張ろうね!」


「…………」


 月海先輩を真っ正面から見て言うと、先輩が完全に硬直した。


 あれ? これやらかした?


 お互いに固まっていると、先輩の顔がどんどん朱に染まっていった。


「が、がんばろうねかげくにくん……」


 急にたどたどしいしゃべり方になってしまった。


「と、とりあえず学校入りませんか?」

「う、うん」


 二人で落ち着きなく昇降口へ向かった。


 階段で別れてそれぞれの教室へ行く。


 卒業式を前に大冒険をしてしまった感じだ。でも、確かにずっと先輩と呼ぶわけにはいかない。将来のことも考えるなら……名前だけで呼べるようにならないと。


 努力しよう、と思った。


 なんにせよ、明日が終わったら、もうこの校舎で月海先輩を見ることはなくなる。

 後悔のない一日にしよう。


     †     †


「やっほー光ちゃん。おはよー」

「あかり……おはよう」

「テンションひっく。なんかあった? てか、顔真っ赤じゃん」

「景国くんに、呼び捨てにしてって言ったらやってくれたの」

「あーはいはい理解した。威力がやばかったのね」

「うん……」

「『光、俺のものになれよ』とか言ってくれたの?」

「景国くんはそんなこと言わない!」

「すまぬ。でもまあ、将来結婚とかしたら先輩ってのはさすがに変だもんねー。今のうちから慣らしとくのはいいかも」

「結婚……」

「するでしょ?」

「わ、わからないわよそれは」

「はっはっは、ここまでラブラブなのにしないとかないわ。早くステキな家庭を築きたまえ」

「ど、努力します」

「うむ。――にしてもリハーサルとかクソだるいわ。ぶっつけ本番でいいやろ」

「それも思い出の一つよ」

「光ちゃんは前向きだねえ。で、どうだった?」

「何が?」

「この学校、楽しかった?」

「もちろん」

「お、即答だ」

「みんなと楽しく過ごせたし、あかりとはこれからも仲良くできそうだし。それに……景国くんと一緒になれたから」

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