手のひらの上でダンス!

 複雑な気分のまま、クラスマッチ当日を迎えた。これでもかというくらいに空は晴れ渡っている。


 校庭での開会式のあと、各クラスが組み合わせ表の通りに対戦していく。


 ソフトボールは時間がかかるのでグラウンドの隅にホームベースを置き、3試合同時進行だ。


 ぼくらと3年1組の試合は、野球部の内野を使うことになった。もともとホームベースが埋め込まれているのでプレーのたびにズレなくて便利だ。


「公開処刑の時間が来ちまったな……」


 山浦君は最初から憂鬱そうな顔をしていた。


 相手ベンチには体格のいいメンバーがそろっている。対してこちらは、ぼくをはじめ普段スポーツをしない小柄なメンバーが半数を占める。


 始まる前から勝負はついている……なんて落ち込んでいては駄目だ。


 今日は月海先輩にいいところを見せる最大のチャンス!

 絶対に活躍してやる。


「今日はよろしく」


 みんながハッとして1塁側を見た。

 シュッとした体型の3年生がやってきた。坊主カットで縦に細い顔。


「川崎先輩、よろしくお願いします」


 山浦君が言った。


 そうか、この人が川崎先輩か。

 見たところ身長は175センチ前後。けっして大柄ではないが、余計な肉は一切ついていなさそうだ。月海先輩からトレーニング方法を教わったことも影響しているのだろうか。


 月海先輩は意識していない様子だったが、ぼくとしては気になる相手であることに変わりはない。


「山浦、大差がついても俺を恨むなよ。これも勝負だからな」

「やれるだけやってみますよ。なあ戸森」

「うん……そうだね」

「お、戸森君ってきみのことか」

「ぼくのこと知ってるんですか?」

「知ってるも何も、月海さんの彼氏だろ? 有名だぞ」

「ええっ、有名!? もしかして3年生の中ではそういうことになってるんですか!?」

「違うのか?」

「まだそういう関係じゃありません!」

「つまりこれからなる予定だと」

「あっ……」


 墓穴掘った……!


「まあ落ち着きな」


 あわあわしていると、川崎先輩が肩に手を置いてきた。


「月海さんは面倒見がよくてすごく優しい人だ。まだ彼女にしてないっていうなら早めに勝負をかけた方がいい。こういう場合、2ストライクからのど真ん中ストレートはむしろ推奨される」


 うん、よくわからないけど野球が大好きなのはわかった。


「たぶん月海さんはこれから来る。いいとこ見せなよ、後輩君」

「は、はい!」

「まあ俺の球が打てればだけどな?」

「うっ……」


「そろそろ第1試合始めまーす」


 ソフトボールの審判は野球部員が担当する。3年生の部員が声をかけた。


 ぼくらはホームベース前に整列して挨拶を交わした。


 3年1組の先発ピッチャーは本当に川崎先輩だった。野球とは投げ方がまったく違うけれど関係なさそうで、投球練習からすでに球速がおかしい。


 かくして試合は始まった。


 ――が、勝負の世界は非情であった。


 ぼくらはそろって三振しまくり、守るとバカスカ打たれた。山浦君が外野を守りたいと強硬に主張したためピッチャーはサッカー部の矢崎君。運動神経のいい彼でもスター軍団3年1組は止められなかった。


 試合は5回までだが、4回の時点ですでに16対0という悲惨なスコアになっていた。


 その4回ウラ。

 前の二人が打ち取られてあっさりツーアウト。

 次はぼくの打順だ。

 これがおそらく最後の打席になるだろう。今日は三振二つとさっぱり当たっていない。


 マウンドには依然として川崎先輩が立っている。ぽつぽつヒットは許しているものの三振の山を築いている。野球部の公式戦かと思うくらい表情がマジだ。


 本気で来ることは覚悟していた。

 こうなったら意地でも打つしかない。


 それはいい。問題は別にある。


 ――月海先輩はどこなの!!??


 試合開始からかなり経ったが、先輩の姿は見当たらない。もしかしてバドミントンと試合時間が重なってしまったのか? 何も見せられないまま終わってしまうのか?


「ストラーイク!」


 川崎先輩の初球を振りにいったが、むなしく空振り。


 ――くそっ、次こそ当てる!


「ストライクツー!」


「うぐぐ……」


 かすりもしない!


 川崎先輩は超真剣な目つきでぼくの方を見ている。絶対にねじ伏せてやるという意志を感じた。


 駄目だ、三振する……。


「景国くーん」


 不意の声に、思わずタイムをもらってバッターボックスから離れた。振り返ると、3塁側の渡り廊下に月海先輩がやってきていた。黒のジャージ、上は白い半袖シャツ。ポニーテールが最高に似合っている。


「川崎くーん、手加減してあげなよー」


 隣にいるのは夏目あかり先輩だった。細目の月海先輩とぱっちり目の夏目先輩が並ぶと、陰と陽という感じだ。


 月海先輩がうっすら笑いかけてくれた。


 ――よし。


 ついに先輩が来てくれた。ここで活躍しなくてどうする。死にもの狂いで食らいついてやるぞ。


 ぼくは意気込んで打席に入った。

 クラスの仲間たちも応援してくれている。やれないわけがない。


「こいっ!」


 スパーン!!!


「ストラーイク! バッターアウト!」


「お、おおぉ……」


 ぼくは膝から崩れ落ちそうになった。

 最後のボールが明らかに今までより速かったのだ。ギアが一段上がったような迫力だった。


 ベンチに戻っていく川崎先輩がぼくを見た。ペロッと舌を出して、してやったりの表情。


「やられたな」


 山浦君が苦笑した。


「川崎先輩は終盤でバテないようにある程度セーブしながら投げてんだ。で、ここ一番の時にマックスで投げる。今のがまさにそれさ」

「今の、ここ一番でもなんでもなかったよね?」

「お前が月海先輩に応援されたからじゃねえの?」

「それはつまり……」


 嫉妬か! 嫉妬なのか!?


「まあしょうがねえさ。あと1回、しっかり守ろうぜ」

「う、うん」


 ぼくはグローブをはめて、そそくさとセカンドの守備に向かった。恥ずかしくて、先輩の顔が見られなかった。


 矢崎君が打たれつつもなんとかツーアウトを取る。

 次のバッターは4番の川崎先輩だ。

 今日は全打席ヒットで9打点。悔しいが、さすがは野球部キャプテンである。


 矢崎君が投げた。

 川崎先輩が初球から振ってきた。

 快音。


 ――そこからの動きはほとんど反射的なものだった。


 一歩踏み込んでからの横っ跳び。必死で伸ばしたグローブに、高速の打球が収まった。

 胸を打って滑ったが、ボールはこぼさなかった。


 わあっ、と歓声が上がって拍手が起きた。


「アウト!」


 ボールを落としていないことを確認して、審判がコールした。


「やったな戸森! 超ファインプレーだぞ!」


 山浦君が満面の笑みで抱きついてきた。チームのメンバーも集まってきてもみくちゃにされる。散々やられた川崎先輩をアウトにしたので喜びも格別だった。


 こ、これはけっこうポイント高いんじゃないか!?


 渡り廊下を見ると、月海先輩が控えめに拍手してくれていた。


 ――神よ、私はやりました。


 思わず天に向かって報告したくなるような嬉しいリアクションだった。


 が、直後の味方は川崎先輩に三人で片づけられ、試合が終わった。初戦敗退。まあ、予想通りの展開だよね……。


     †    †


 18対0。

 情けない内容だが、ぼくはあまり落ち込んでいなかった。

 打つ方はさっぱりだったけど、最後の最後に守備で魅せられた。それも川崎先輩から奪ったアウトだ。三振のお返しはできたと思う。


「景国くん、怪我はない?」

「大丈夫です」

「まさかあんなダイナミックなプレーをするなんて思わなかった。予想以上だったわ」

「ぼく、少しは期待に応えられました?」

「ええ、すごくね。…………はぁ……」

「そう言うわりには暗くないですか?」

「動画、撮ってなかったの。永久保存ものだったのに……」

「そ、そこまで……?」


 試合終了後、ぼくと月海先輩は渡り廊下の隅にある自動販売機の横にいた。ジャージの上着を腰に巻きつけている先輩の姿は凜々しくかっこいい。


「先輩、チームのお祝いに行かなくていいんですか?」

「優勝したら行くわ。それにみんな、優先することがあるでしょって言ってくれたから」

「え、それって」

「ちょっと前に『根回しは終わった』と話したわよね。あかりを中心に、私が幼馴染の面倒を見たがってるっていう情報を3年生の中に拡散してもらったの」


 困った上級生はもう卒業したあと。

 同学年なら対等に話せるから、それで諦めてもらう。

 そんなところだろうか。

 あのお弁当イベントの前にそんな工作活動が行われていたとは……。


「じゃあ、3年生はだいたいわかってるんですか?」

「もちろん」

「川崎先輩も?」

「そうよ」

「じゃあ、あの剛速球はなんだったんですかね。月海先輩が来た瞬間、一気にスピード上げましたけど」

「怒らないで聞いてほしいんだけど」

「はい?」


 月海先輩は少し、ぼくから視線をそらした。


「私が来たら景国くんに全力のボールを投げてってお願いしておいたの」

「な……なんでですか?」

「その、景国くんが悔しそうにする顔を見てみたくて……」


 えー……。


「ちなみに、どんな顔してました?」

「眉が寄ってて、すごくかわいい顔をしていたわ」

「…………」


 幸せそうな顔をされた……。


 結局、全部先輩の筋書き通りかよ!

 ぼくの色んな姿を見るためにあらゆる手を尽くす先輩。その熱量は一体どこから来るんだろう?

 先輩がそれだけの時間をぼくのためにかけてくれたことはプラスと受け止めよう。

 しかし、意気込んでいた自分が先輩の手のひらの上で踊らされていたのかと思うと悔しい。今度絶対道場に顔を出して褒め倒してやる。


「それじゃあ景国くん、ちょっとうつむいてもらっていい?」

「うつむく? こうですか?」


 顔を下に向けると、月海先輩がぼくの両肩に手を置いた。


「落ち込まないで、景国くん。貴方は全力を出し切ったんだから堂々としていればいいの。さあ前を向いて」


 そういえばこれをやりたいんだった。


 ……正直に言っていいかな?


 これ、とんでもなく恥ずかしいです!

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