どっちに傾いても勝利の天秤
「先日はどうも」
月曜日の朝、昇降口で柴坂さんにばったり会った。
「おかげさまで自分の新しい可能性を見つけられそうです。月海先輩に引きあわせていただいたこと、感謝しますわ」
一方的に言うと、さっさと行ってしまった。
柴坂さんはおととい昨日と連続で道場に行ったらしく、本腰を入れて月心流を習うつもりのようだ。
昨日は見に行かなかったが、普通に入れたのならもうぼくの出番はないだろう。
先輩に目の前で見せてもらった棒術のうなりは、これからもきっと忘れない。そのくらい鮮烈な記憶として焼きついた。
トラウマになっても知らないなんて言われたけれど、なるわけがない。
「あ……おはよう、景国くん」
職員室からプリントの束を持った月海先輩が出てきた。
「おはようございます、先輩」
「柴坂さんはどうやら本気のようね。しっかり面倒を見るつもりだから、景国くんは心配しなくても大丈夫よ」
「よかった、安心しました」
「それと……、その……」
「はい?」
「私の腕がもう少し上がるまで、道場を覗かないでもらえると助かるわ」
「…………」
先輩の方がトラウマになってる……。
† †
月海先輩の技術は、素人目に見ても明らかに高いと思う。
しかし本人はそう思っていないようだ。
あれだけの棒術を見せてもらえたものだから、テンションが上がって暴走してしまった。
反省しなければいけない。
道場に行くことはやめて、いつものようにお昼を食べるだけの関係を続けよう。
今はそれが一番の選択に思える。
† †
「やっちまったああああ!!!!」
山浦君が叫びながら教室に飛び込んできたのは、朝のホームルームが始まる数分前のことだった。
みんな何事かと彼を見ている。
「クラスマッチのクジ引きに行ってきたんだよ」
そうか、来週にはもうクラスマッチがやってくるんだ。
「ソフトボール、3年1組と当たるぞ」
『なんだとおおおおおおお!!!!????』
ソフトボールチームがそろって叫んだ。
3年1組はスポーツ系クラブの主力選手ばかりが集まっている校内最強のクラスなのだ。去年も下級生を慈悲なく踏み潰して上級生を圧倒していた。
組み合わせとしては最悪である。
……だがしかし。
3年1組といえば月海先輩がいるクラスでもある。
クラスの女子は高確率で応援に来るから、先輩がグラウンドにやってくる可能性は充分に考えられる。
先輩のクラスと戦いながら先輩に活躍している姿を見せる。
いいね、燃えてきた!
「山浦君、ナイスくじ運」
席に戻ってきた山浦君にサムズアップした。
「お前、正気か……?」
やばいものでも見るかのような目を向けられた。
† †
「ソフトボール、先輩のクラスと当たったらしいですよ」
「ふうん?」
お昼休み、屋上で先輩にクラスマッチの話題を振った。
「私はバドミントンに出るから、試合時間が重ならなければ見に行くわ」
「先輩の相手はどこです?」
「3の3だったはずよ」
「同学年かぁ……」
「もしかして、ちょっとがっかりしてる?」
「少しだけ……」
うちのクラスが相手なら応援に行く大義名分ができたのだが、3年生同士の試合にぼくが顔を出すのは不自然極まりない。無念。
「景国くんは自分が活躍することに集中してね。応援してあげるから」
「自分のクラスを優先した方が……」
「応援しなくても勝つと思う。クラスが試合に勝って、景国くんが活躍してくれるのがベストなの」
味方への信頼がすごい。
「でもぼくは非力なので、ヒット打てるかどうか」
「この前のあれをやればいいんじゃない?」
「セーフティーバントは背後が怖いです……」
「川崎君なら上手く処理してくれる気がするけど」
「ああ、そうだった!」
月海先輩と川崎先輩は同じクラスじゃないか!
野球部のエースがソフトボールでも投げる。これは駄目だ。活躍できる気がしない。
「先輩、おそらく全部三振とか情けないところを見せると思います」
「情けないことを堂々と言えるのはある意味で景国くんの強さよね」
「なので、応援は来てもらわなくても……」
「なに言ってるの。行くから」
「ホントに三振するイメージしか湧かないんですけど」
「だったら、かっこいい三振を見せて?」
「逆に難しいですよそれ!」
「まあ、心配しなくても大丈夫だと思うけどね。川崎君のボールを見せられたら、『あれなら仕方ない』っていう空気になるはずだし」
そこまですごいのか……。
「だから安心して負けてちょうだい」
「その励まし方ってどうなんですか!?」
「景国くんには負けてほしいの」
「先輩、ぼく恨み買うようなことしましたっけ?」
「言い方が悪かったわね。私、試合に負けた選手の肩を叩いて、『貴方は全力を出し切ったんだから前を向いて』って声をかけるやつを一度やってみたくて」
「クラスマッチでやっても茶番にしかならない気が……」
「いいじゃない。できる相手が景国くんしかいないんだもの」
「…………」
ぼくしかいない。
そう聞くと、なんだか特別なことのように思えてくる。
試合に負ける。
先輩に励ましてもらう。
肩を叩かれ、前を向いてと声をかけてもらう。
とてもレアなイベントではないだろうか。
月海先輩はスポーツ選手ではないから、仲間を励ますシチュエーションに憧れがあるのかもしれない。
ようやく川崎先輩を直接見る機会でもあるのだし、今回のクラスマッチは貴重尽くしだぞ。
もしもぼくらが川崎先輩を打ち崩して勝利したら、先輩のびっくりする顔が見られる可能性もある。
勝っても負けてもぼくに損はない。
最高の舞台が整ったようだな。
「先輩」
「うん」
「やるとしても、うちのクラスが負けた時だけですよ」
「わかった。川崎君には完封してってお願いしておくわ」
「あ」
……クラスのみんな、許してくれ!
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