2学期(前半)

敵は私が振り払っておくから

「あーあ、結局夏休みはほとんど遊べなかったぜ」


 山浦君が机に突っ伏してつぶやいている。


「ずっと練習?」


 そうそう、と返してくる。その近くで黒田君がノートを熱心に見つめていた。おそらく小説関係のノートだ。


「月末からもう秋の大会始まるからな。新しいメンバー固定しなきゃやばいってんで練習試合しまくりだよ。しかもこっちから出向くパターンばっかりでさあ」

「じゃあ県内を飛び回ってたんだ」

「おう。安曇野あずみのから飯田まであっちこっちな。けっこう楽しかったけど」

「今度のチームもいい感じ?」

「どうだろなー。やっぱ川崎先輩が抜けた穴はでかいよ」

「川崎先輩は練習見に来てくれるの?」

「ああ。そろそろ彼女探す方に集中するかーとか言ってたけどな」


 なんだって。

 まさか月海先輩を奪いに来ないだろうな。


「お前の考えてることはわかるぜ」

「か、顔に出てたか」

「ああ。月海先輩が狙われてると思ったんだろ」

「そうだね……」

「ま、安心しとけ。川崎先輩は年下好きらしいから」

「お、おお……」


 リアクションに困る。


「それより他の3年生に気をつけるべきじゃねえかな。月海先輩がお前と仲良くしてることは知ってても、どうしても諦めきれない人だっているかもしれない。文化祭の準備とかきっかけに近づこうとするかもしれねーぜ」

「そっか。敵は川崎先輩だけじゃない……」

「川崎先輩は最初から敵じゃないんだがな……」


 学校生活は上手くいっているけど、実はとても危険な場所でもある。ライバルがたくさんいる。

 ぼくはその人たちに魅力で負けてはいけないんだ。

 誰かの猛アタックを受けて、月海先輩の一番が揺らぐ可能性だって――


     †     †


「ありえないわね」


 月海先輩がばっさり切り捨てた。


「景国くん、またネガティブが顔を出しているわよ。私が貴方から告白を受けた時、どれだけ嬉しかったか話したでしょ。この感情はこれからずっと変わらないって断言できる」


 パソコン棟の日陰にあるベンチで、ぼくと先輩はお昼を食べていた。

 午後は10月頭に行われる文化祭――浅高祭あさこうさいの簡単なオリエンテーションを各クラスでやることになっている。


 久しぶりに制服姿の月海先輩を見た。

 半袖ブラウス、リボン、黒のプリーツスカート。ソックスは膝の少し上まで。


「それにね、私はずっと景国くんのことだけ見てきたの。文化祭の準備くらいで埋められるものではないわ」

「……すみません、ちょっと不安になってしまって」

「素直なのはいいことだけど、景国くんは年上に気を遣いすぎかもね。貴方はもう私の彼氏なんだから、そこは堂々としていてほしいわ」


 先輩はストレートな言葉をどんどん投げてくる。


 山浦君との会話で不安を感じたぼくだったが、やはり顔に出やすいタイプらしい。月海先輩にあっさりと見抜かれた。こうなるとすぐに白状してしまうのがぼくだ。教室での話を先輩に打ち明けていた。


「……何も、変わらないですよね」

「もちろん」


 先輩はきっぱり言った。


「だから景国くんも、ずっと変わらず私の一番でいてほしい」

「……はい」


 ようやく、気持ちを切り換えられた。


「先輩は文化祭、何か係とかやるんですか?」

「まだ決まってないけど、今のところなさそうね。――あ、そういえば」

「なんですか?」

「クラス別ステージ、私たちはソーラン節をやることになっているの」

「早いですね。もう決まってるなんて」


 チッチッ、と月海先輩が人差し指を左右に振る。


「この学校、毎年必ず3年1組がソーラン節をやってきたんですって。だから最初から決まってたようなものなのよ」

「変更できないんですか?」

「みんな『わざわざ決めなくていいなら楽』って言ってるわ」

「まあ、確かに……」


 ぼくのクラスも去年はステージで何をやるかで長いこと議論したもんなあ。結果、希望者だけがステージに立って『残酷な天使のテーゼ』に合わせて踊るという演目になって……。うう、あのとってつけた感のすさまじい振り付け。ステージに立ってないのに思い出すだけで恥ずかしい。


「私に依頼があってね、ソーラン節の最後でバク宙やってほしいって言うの」

「バク宙! 超見たいです!」

「やっぱり、そういう反応になるわよね……」

「あ、先輩は嫌なんですか」

「嫌というほどでもないけど、あんまり派手すぎると視線を集めちゃうから……」

「今でも充分集めてると思いますけど」


 廊下ですれ違う男子はだいたい月海先輩に視線を向けている。


「ステージでバク宙は規模が違うでしょ。だから気が進まないのよね」

「演出としては最高だと思います。先輩の運動神経ならできそうですし」

「やるだけならね。でも大勢の前だとどうかなあ……」


 ステージ上でポニーテールを揺らして宙返りする月海先輩。

 素晴らしく絵になりそうだ。


「まだ時間ありますし、慌てて決めることもないんじゃないですか」


 でも、先輩の意志が一番大切だ。

 無責任に背中を押せばいいなんてことは絶対にない。


「そうよね。最悪やらないことになっても許してね」

「先輩の踊りが見れるならそれだけで最高ですよ」

「……なんだか、もう恥ずかしくなってきたわ」


 お昼を食べ終えると、ぼくたちは教室へ向かって歩き出す。


「あ、そうだ。さっきの話だけど」

「どれですか?」

「何も変わらなくていいって話」

「あの、他の人のことはなるべく意識しないようにするので――」

「そうじゃなくて」


 月海先輩がぼくの耳元に顔を寄せてきた。


「私たちの関係は、前に向かって少しずつ変えていこうね」

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