そろそろ写真を撮らせてもらえない?

「やっほー、いい場所見つけたって聞いたんで覗きに来たぜ……なんかタイミング悪かった?」

「いえ……」

「べ、別にそんなことありませんよ……」


 お昼休み。

 生徒会室でお昼ご飯を食べている――最中にキスをしようとしていたら、夏目先輩が入ってきた。


 月海先輩の常人離れした察知力により決定的な場面は見られずに済んだがかなり危なかった。


「そ、それよりあかり、何か用事?」

「この前の体験学習の写真が出来上がったってんでもらってきたんだよ。はいどーぞ」

「ありがとう……」


 月海先輩が写真を受け取って一枚ずつ見ていく。ぼくも横からのぞき見る。


「月海先輩、笑ってる写真少ないですね」

「し、仕方ないでしょ。カメラを向けられると自然と真顔になっちゃうの」


 気にしてはいるようだ。ぼくはこういう、写されていることに興味もなさそうな素っ気ない表情がすごく好きだけど。


「カメラが苦手なのはぼくも同じです。カメラの気配を感じたら速攻で逃げますからね」

「そう、何か忘れていたと思ったらそれよ!」

「え?」

「私、景国くんとの写真をまったく持ってないの!」

「あー……」


 言われてみれば、ぼくも持っていない。


「撮ってあげようか?」


 夏目先輩が言った。


「あたしらもうすぐ学校来なくなっちゃうし、制服姿は撮っておいた方がいいんじゃない?」

「そうね。……景国くん、カメラ嫌いなのはわかるけど、お願いできないかしら」

「わかりました。撮りましょう」


 ぼくは即答した。

 高校での思い出を残したい。先輩の気持ちは絶対に優先するべきだし、制服の月海先輩の写真を持っていたいという気持ちはぼくにもある。自分の童顔は……耐えるしかないな。


「あかり、お願い」


 月海先輩が携帯を渡す。夏目先輩がかまえた。


「はーい、そのままの表情でいてねー」


 ぼくと先輩は並んだままカメラの方を向いている。カシャッと音がした。


「ん、まずまずかな」


 月海先輩が受け取って確認した。ぼくも一緒に見る。

 やや緊張した顔のぼくと、いつもの表情で少しこちらに体を傾けている先輩。……うん、いいかも。


「立って並んでみてよ。それも撮ってあげるからさ」

「わかったわ」


 夏目先輩の言葉に従い、ぼくは立ち上がった。

 ホワイトボードの前に、月海先輩と並んで立つ。こうしてみるとやはりドキドキする。苦手なカメラがこちらを向いているのもあるし、先輩と一緒に写真を撮るという初めての経験ゆえの緊張もある。


 二枚目が撮られた。


「ちょいちょい、二人とも硬くなりすぎだよ~」


 夏目先輩が写真を見て笑う。


「なんか姉弟みたい。弟の入学記念に姉と記念撮影しました~みたいな」


 ほら、と夏目先輩が携帯を見せてくる。

 確かにその通りだった。

 ぼくも先輩も、ピシッと背を伸ばして立っているせいで記念撮影みたいになっている。


「まあ……これはこれで面白いと思うわ」

「光ちゃんがいいならいいけどね」

「あとは私たちで撮ってみる」

「オッケー。そんでは邪魔者は退散するであります」


 いきなり敬礼すると、夏目先輩は生徒会室を出ていった。


「それでは景国くん」

「はい」

「写真、撮らせてもらっても?」

「覚悟は決めました。どうぞ」

「やった」


 月海先輩が嬉しそうに携帯をかまえた。かけ声もなしにボタンが押される。


「えっ、一言くださいよ! 変な顔してませんでしたか!?」

「ごめんね。声をかけると力んじゃうかなと思って」


 ふふ、と先輩が微笑む。


「すごくかわいい顔が撮れたわ。全然心配しなくて大丈夫よ」

「だったらいいんですけど……」

「次はイスに座ってほしいかな。お弁当食べてるところが撮りたいの」

「はあ……」


 ぼくは座って、弁当を食べ始める。

 月海先輩はいいアングルを探しているらしく、そわそわ動いていて非常に気になる。

 またも声なしで写真が撮られた。


「うん、いい感じ。案外自然体に写せるものね」


 その後も、ぼくは先輩の注文に応じて場所を動きながら撮影してもらった。が、そのデータをもらおうとは思わない。自分の写真を見ても憂鬱になるだけだし……。


 ――では、気分を切り替えてこちらからも攻めよう。


「先輩、ぼくにも写真撮らせてください」

「流れ的にそうなるとは思ったわ。景国くんの好きなようにして」


 好きなように?

 それはつまり……ってそういう意味なわけないだろう。何を考えてるんだぼくは。


 座った先輩に携帯を向けて、「いきまーす」と声をかける。先輩はこっちを見なかった。それがうまく作用した。斜め下を向いている先輩は、どこか物憂げな雰囲気を纏っていて薄暗い教室と絶妙にマッチしている。


 一枚目からいきなりいいものが撮れてしまった。この調子でいこう!


 ぼくも先輩に色んなポーズをお願いして写真を増やしていった。


 先輩も次第に抵抗がなくなってきたようで、表情が少しずつ柔らかくなっていった。微笑みも切り取ることができた。


 制服を着た月海先輩といられるのもあと数ヶ月。学校にいる先輩を写真に収めておくことはとても大切だ。

 自分が写真嫌いだったせいで、そのことに気づくのが今になってしまった。夏服だって本当は撮っておくべきだったのに。


 けれどまだ間に合う。

 これからだって写真を撮る機会はある。

 シャッターチャンスは逃さないようにしよう。


 そして、先輩が撮らせてほしいと言ってきたらぼくも応えよう。学校での思い出を、先輩はほしがっている。自分の顔が好きじゃないからと逃げていてはいけないんだ。


「ふう、こんなもんかな。先輩、ありがとうございました」

「なんだか景国くんの方がたくさん撮った気がするわね。ちょっと恥ずかしいな」

「ぼくも恥ずかしかったですよ?」


 笑うのは同時だった。


「そのうち、屋上とか渡り廊下でも撮らせてもらえる?」

「もちろんです。先輩がぼくを撮ったら、ぼくにも同じ場所で同じようにさせてください」

「わかった、約束する。――じゃ、最後にあれやって終わりにしましょ」

「なんですか……わっ」


 先輩の右腕が首に回ってきた。引き寄せられて体が密着する。


「自撮り、一回はやっておかないとね」


 左腕を伸ばした先輩がシャッターを切った。


 楽しそうな顔の月海先輩と、頬を赤くして焦っているぼくが、そこには写っていた。

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