3学期

この時間もあとわずか

 冬休みはなんでこんなに短いのだろう。

 休み明け初日の朝、ぼくはぼんやりと空を見上げていた。


「景国くん、おはよう。今日は負けちゃったか」

「なんだか早く目が覚めたので」


 自分の家の前。

 今日は月海先輩よりも先に家を出て待っていたのだ。


 久しぶりに先輩の制服姿を見た。分厚いコートの下から覗く短いスカート。黒のソックス。


 足、長いなあ……。

 あらためて見るとすごくうらやましい。


「最後の1ヶ月、大切にしようね」

「はい」

「だから、写真撮らせてもらってもいい?」

「どうしてそうなるんですか?」

「制服姿は撮ったけど、マフラーしてるところとか、外にいるところはまだだから」


 月海先輩が手を合わせる。


「お願い、景国くん」

「わかりました」

「ほんと?」

「あとちょっとですもんね」

「ありがとう!」


 笑顔がはじける。


 ――パシャッ。


「は、速い!?」

「ふふっ、かまえる必要はないわよ。ありのままの貴方を撮りたいんだから」


 ぼくが焦っているうちに、さらに二枚撮られた。決めポーズ……をするつもりはないけど、もうちょっと表情だけは作りたかったな。


「うん、いい感じ。ありがとね」


 先輩が携帯をしまう。今度はぼくが取り出した。


「この流れならオッケーですよね?」

「そうくると思った」


 先輩が顔を逸らす前に、ぼくはカメラのボタンを押した。次に横顔を二枚。


 月海先輩の制服姿を撮れるチャンスはもうあまりない。卒業してから着てもらっても、どこか雰囲気が変わってしまうのは間違いない。


「ありがとうございました」

「最初の一枚、速かったわね。逃げ切れなかったわ」

「横顔だけじゃ満足できませんから」


 ぼくらは笑った。


 学校までの道は、うっすら積もった雪でびしゃびしゃだった。

 ぼくは雪の少ないところを選んで歩いた。先輩は防水ローファーだからあまり気にならないようだったけれど。


     †     †


「よう、あけおめ」

「あら川崎君、明けましておめでとう」

「おはようございます川崎先輩」


 校門で川崎先輩に会った。

 髪を伸ばして固めるようになっていた。丸坊主の時とは完全に別人で、ワイルドなイケメンに変わっている。この感じだと野球部にはもう顔を出していないのかな。


「2年は3月まで授業あるんだろ。大変だな」

「大したことないですよ。来年はぼくも同じになるんですし」

「留年すんなよ?」

「だ、大丈夫ですよ」


 苦手な教科が足を引っ張りすぎなければ……。


「そんじゃあ月海さん、またあとで」

「ええ。彼女さんが待ってるわよ」

「あ、ホントだ。早いな」


 川崎先輩は手を挙げて校舎の方へ向かった。その先には、そわそわした様子の新村にいむら夕奈ゆうなさんが待っていた。仲良く歩いていく姿を見ると、もうすっかり呼吸が合っているように思える。


「川崎君もうまくやってるみたいね」

「なんだかこっちまで嬉しくなります」

「二人とはそこまで深いつきあいないんでしょ。やけに優しいじゃない」

「でも、人が幸せそうにしてると自分も幸せな気分になれるんです」

「そっか」


 月海先輩が微笑んだ。


 本当は色々あったんだけどね。

 川崎先輩と協力して、月海先輩に嫌がらせしている奴を捕まえたとか。

 名張さんから、選挙を利用して新村さんと川崎先輩をくっつけようとしたことを聞かされたりとか……。


 下駄箱で靴を履き替えていると、

「やっほー」

 背後から声がした。


 夏目先輩がぴょこぴょこやってきた。猫のデザインのピン二つで前髪を留めている。ぱっちりした目は今日も元気いっぱいそうだ。


「あかり、おはよう」

「おはよー光ちゃん。朝っぱらから見せつけてくれるねえ」

「何もしてなかったけど?」

「彼氏と一緒にいるじゃん」

「見せつけるのハードル低いわね……」

「そうかな? まあラスト1ヶ月だからね! 廊下とかでイチャイチャされてもあたしは全然気にしないよ! むしろどんどんやって!」

「見えるところではやらないから」

「えー」


 妙にテンション高いな。

 月海先輩より先に行ってしまった夏目先輩は、すれ違った同級生にも明るく声をかけていた。


「あかり、最後まで楽しく学校生活したいって思ってるのかもね」

「やっぱり意識しちゃいますよね」

「あの子は学校に来るのが楽しくて仕方ないっていうタイプだから、無理もないわ」


 3学期。

 別れの時期。

 先輩たちは、そういう時がやってきたことを隠さなくなってきた。

 

 朝から少しさみしい気持ちになってしまった。


「景国くん、そのまま動かないで」

「え?」


 動くより先に、頬に熱が触れた。

 横を見る。

 月海先輩の顔はもう離れたあとだった。ちょっと得意げな表情。


「見えるところではイチャイチャしないって言ったでしょ?」


 今、廊下には誰もいない。こんな隙を盗んでくるのはさすが月海先輩だった。


「さあ、今日も一日頑張ろうね」

「はい!」


 キスのおかげで、ぼくは勢いよく返事をすることができた。

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