居心地のいい場所で休みたい

 三が日が過ぎて、母さんはまた夜勤の生活に戻った。


 特に冬休みの課題も出されていないぼくだが、ここ数日は月海先輩と会っていない。


 先輩がセンター試験の準備を本格化しているからだ。

 これまで、クラスメイトと遊んだり、ぼくとの時間を作りつつ、勉強も欠かしてこなかった。それでいて鍛練もしっかり続けている。


 たまに体調を崩してしまうことはあるけれど、やっぱり超人だと思う。


 お昼過ぎ。

 ぼくは黒田君とのメッセージのやりとりを終えたところだった。


 彼は毎日落ち着かないようだ。今月中旬には、ミステリー新人賞の最終選考が待っている。人生が変わるかもしれない出来事。そわそわするなという方が無理だろう。


 携帯をベッドに置いて天井を見つめる。


 すぐにメッセージの通知音がした。月海先輩からだ。


『今から景国くんのお部屋に行ってもいい?』


「な、なにぃ!?」


 突然すぎる。

 いやもちろん嫌ではないよ?

 ただ急に言われると焦るだけで。

 ともかくすぐに部屋の掃除だっ!


 ぼくは返信すると、慌てて掃除機をかけた。本を整理してベッドに粘着クリーナーをかける。


 それが終わった頃、ゆったりしたズボンに厚手のパーカーの月海先輩がやってきた。部屋着感全開だ。


「景国くん、急にごめんね」

「気にしないでください。でもめずらしいですね」

「うん……」


 なんだか元気がなさそうだ。

 ポットを用意しておいたのでインスタントコーヒーを作る。微糖でも苦手な先輩なので、ココアはどういう反応をされるかわからない。ブラックコーヒーなら間違いあるまい。


「どうぞ」

「ありがとね」


 先輩は一口飲んで、ため息をついた。


「毎年演舞を見せに行ってる町の区長さんが何人か来てるの。みんなかなり飲んでてうるさいから勉強に集中できなくて……」

「それはきついですね……」

「こういう時、お屋敷って声が通りすぎるから不便なのよ。どこにいても聞こえてくるし」

「道場は勉強するには向いてないですしね」

「だから、今日はもうお休み。そしたら行き先はここしかないなって思ったの」


 休みたいと思って、最初に浮かんだのがぼくの部屋だった。なんだか嬉しい。


「そういえば、前に泊まりに来た時はすぐ横になっちゃったのよね。これが景国くんのベッドかあ」

「せ、先輩……?」


 とても嫌な予感。


「よいしょ」


 当たった。

 月海先輩はぼくのベッドに乗ってうつぶせになってしまった。枕に顔を埋めて……。


「景国くんの匂いがする」

「やめましょう! 変態っぽいです!」

「いやー」


 先輩はぼくの枕を抱きしめてごろごろした。見事にくつろいでいる様子で、表情がおだやかになっている。


「ベッドもいいわね。畳は落ち着くけど、たまにはこういうところで寝てみたいかも」


 先輩が起き上がる。


「今夜、ここで一緒に寝るとかどう?」

「せ、狭すぎます! 自信ないですよぼく!」

「なんの自信?」

「それはほら……色々と!」

「色々と、ね」


 微妙な間が挟まった。


「もちろん、本気で言ったわけじゃないから安心して」

「先輩の冗談、たまに冗談に聞こえないんですよ……」

「私だって、あんまり密着しすぎたら自分がどうなるかわからないもの」

「どういう意味です?」

「景国くんを食べちゃうかもってこと」

「ひいっ」


 それだけは勘弁してほしい。


 まあ、と月海先輩は言った。


「家が静かになったらちゃんと帰るから」

「そう、ですね」

「でも、ちょっとだけここで休ませてもらってもいいかな」

「……ちょっとですよ」

「ありがとう」


 先輩は横になった。

 目を閉じたので、ぼくもなるべくそっちを見ないようにする。


 やがて、寝息が聞こえてきた。

 よっぽど疲れていたのだろう。月海先輩はあっさり眠ってしまった。


 ぼくは毛布をかけてあげた。暖房をかけているから風邪はひかないと思うけど。


 明るいところで先輩の寝顔を見られるなんてかなり貴重だ。

 普段はキリッとした雰囲気で強い存在感を放っているけれど、寝顔はどこかあどけない。少し開いた口がかわいらしかった。


 まつげは長いし、鼻のラインもすっきりしている。

 本当に美人だなあ……。


 あらためて自分が受けている幸せを噛みしめる。

 ぼくはベッドの横に座って、途中だったラノベを再び読み始める。たびたび耳に入る先輩の吐息がやけに色っぽくてあまり集中できなかった。

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