ほとんど家族みたいなものだよね
元日をだらだら過ごしたぼくだったが、こういう生活を続けるのはよくないと思った。
月海先輩が夕方には鍛練を始めたように、ぼくも日常にメリハリをつけなければいけない。
――と、考えるだけなら誰でもできるんだよなあ……。
翌日。
ぼくは部屋で寝そべってラノベを読んでいた。
他にやることがないから、結局はこうなってしまう。出かける予定もないし、月海先輩は不在である。
頼清さんと二人で、道場の関係者に挨拶回りに行っているのだ。
そろそろ帰ってくるはずだが、疲れている先輩のところに押しかけるのはためらわれる。
もうすぐ午後3時。どうしようかな。
「かげくにー」
下から母さんに呼ばれた。
「どうかした?」
「光ちゃんがお餅つきしようって言ってるよ」
「あ、いいねそれ!」
月海先輩の家には大きな
上着を羽織って玄関へ行く。セーターにジーンズ姿の先輩が待っていた。
「こんにちは景国くん。急でごめんなさい。昨日言っておけばよかったわね」
「いえ、ちょうどやることなかったので」
「光ちゃん、あたしも行っていい?」
「もちろんです。お父さん、喜ぶと思います」
「やったぜ」
そういうわけで月海先輩の家に移動した。母さんもウキウキした顔でついてくる。頼清さんに会いたくて仕方ないようだ。
そこまで仲良くしていながら、再婚の話は出さない。理由は察している。
――その決断を無駄にしないようにしたいとは思う。今すぐ覚悟を決めることはできないけれど。
「やあ、二人で来てくれましたか!」
先輩の家の庭。
居間の縁側の前に大きな臼が置かれていた。茶色く塗られているが、削れて木の本来の色も目立っている。代々受け継がれてきた道具なんだろう。
頼清さんは青色の
「いま餅米を入れたところだ。さあ景国くん、いってみようか!」
「い、いきなりぼくですか!?」
「光がかっこいいところ見たいって言ってたぞ」
「やりましょう」
ぼくは即座に言い切った。
頼清さんから杵を受け取る。うっ、けっこう重たい。
「こ、これで叩いていけばいいんですね」
「おう、めちゃくちゃでもいいからガンガンついてくれ」
「よーし……」
ぼくは杵を振り下ろして餅米を叩いた。
頼清さんが少しずつ餅米を回して当たる位置を変えてくれる。同じ動作を繰り返していると徐々に固まり始めた。
「お母さんもやりますか!?」
楽しそうな頼清さんが言う。
「やりまーす! 景国、チェンジ!」
「よろしく」
バトンタッチした母さんがノリノリで杵を打ちまくる。やっぱぼくより腕力あるよな……。
母さんの力でどんどん餅らしい形になってきた。粘り気のある、質の良さそうな餅米だ。
「餅米って買うんですか?」
ぼくは、ポケットに両手を入れて見ている先輩に訊いた。
「買ってるわけじゃないわよ。前に茶々丸っていう柴犬を預かったことがあったでしょ」
「ありましたね」
「あの家の滝川さんが田んぼを作ってるの。お父さんもお手伝いしてるから分けてもらえるのよ」
「そういえば滝川さん、体調よくないって言ってましたね」
「うん。そのぶん今年はお父さんが田んぼをたくさん見たし、滝川さんも食べる量が減ったからって多めに分けてくれたの」
「大丈夫なんですかね」
「なんとも言えないけど、毎日様子は見に行ってるから」
「そうですか……」
あまり話したことがないとはいえ、面識のある人が病気がちと聞くと心配になる。茶々丸にも久しぶりに会いたいな……。
「景国、もう一回やって!」
「あ、うん」
母さんから杵をもらって、再び餅をついた。
かなり丸くなってきたので、頼清さんも軽快にひっくり返してくれる。
ぺしっ。ぺしっ。ぺしっ。
……なんか音がしょぼいな……。
パワーがないから、ついてもいい音が響かない。
「ふーっ……」
「景国くん、疲れてきたかい?」
「きつくなってきました……」
「オッケーだ。光、仕上げを頼む」
「わかったわ」
「お願いします先輩」
「任せなさい」
月海先輩は自信ありげに杵をかまえた。
「せーの」
パァン!!!
すさまじい音が鳴り響く。
二発、三発と連続で快音が庭に広がる。頼清さんがリズムよく餅を転がし、手を引くと同時に月海先輩が杵を振り下ろす。
完全に鍛練そのままの呼吸の合わせ方だった。
「母さん」
「なーに?」
「ぼくら、やる意味あったのかな」
「おいしいところだけ持ってかれちゃったよね。餅だけに」
「上手くないよ? あと餅はどこ食べてもおいしいから」
月海先輩が仕上げをやって、無事に餅が出来上がった。
「さて、どのくらい取っておくかね」
「3分の1もあればいいんじゃないかしら」
「了解」
頼清さんがしゃもじを餅に入れて一部分を削り取った。そちらは月海先輩の用意したまな板に置かれる。
残った大きなかたまりは、頼清さんがボールに移して居間へ持っていった。打ち粉をかけてから巨大な板に乗せると、麺棒で平たく伸ばしていく。楕円だった餅は平面の円形に変わっていく。
頼清さんの手さばきには料理人のような貫禄がある。さすがだ。
「伸ばした方は何日かすれば硬くなるから、食べたくなったらいつでも取りに来てね」
「ありがとうございます」
「それじゃ、ざっくりだけど分けたから食べましょ」
いつの間にか、先輩が四人分の餅を皿に用意してくれていた。
四角くて皮がパリパリした餅ではなく、鏡餅でもない。できたての柔らかい餅。食べるのは数年ぶりだ。
縁側にはぼくと先輩、少しだけ離れて母さんと頼清さんが座った。
「景国くん、味つけどうする?」
「醤油で食べたいです」
「わかった。ここに醤油のお皿あるからね」
「はい……あれ、先輩はそのまま食べるんですか?」
「ええ。私、つきたては何もつけないで食べたい派なのよ」
「普段は?」
「醤油だけ」
「海苔とかきなこは……」
「使わないわね」
実に月海先輩らしい。
「それじゃあ食べましょ」
「いただきます!」
ぼくらは同時に、餅にかぶりついた。甘みのある熱々の餅だった。
母さんたちもおいしそうに食べている。
共同作業で作った餅を、みんなで食べる。去年までならありえなかった光景だ。
ぼくと先輩の関係だけでなく、隣人同士としての関係も大きく変わった。
あいにく寒風が吹いているけれど、ここは確かに温かい場所になっている。そう強く感じるのだった。
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