今日は友達を優先する日でしょ?
1月も下旬にさしかかろうとしていた。卒業生ではないぼくらのクラスはいつも通りだ。
木曜日。
ぼくは朝から落ち着かない気分だった。
「景国くん、やけにそわそわしてるわね」
「やっぱり、わかりますか?」
「なんとなくね」
登校中、月海先輩に言われた。なるべく押さえ込もうとしたけれど駄目だった。
「実は今日、友達の人生が変わるかもしれないんです」
「……あ、もしかして小説家を目指してるって言ってた子の?」
「はい。黒田君っていうんですけど、最終選考会が今日の夕方にあるみたいで」
「なるほど。それは景国くんも気になるはずよね」
「そうなんです! 友達がプロ作家なんて、普通に考えたら信じられない話ですから!」
ふふっ、と月海先輩が微笑む。
「景国くん、自分のことみたいに嬉しそうね」
「はい! 応募前の原稿チェックを手伝ったりしてたので!」
「それって何時から?」
「黒田君の話だと、受賞してもしなくても6時くらいには編集者さんが電話をくれるみたいです」
「やっぱり家族と一緒に待つのかしら」
「共働きらしいので、一人で待ってるって言ってました」
「さみしい話ね。ついててあげたら?」
「え、でも……」
先輩が足を止めた。つられてぼくも止まる。先輩はぼくの肩に、ぽんと手を乗せた。
「人生が変わるかもしれないんでしょ? いい結果なら誰かと喜びを分かち合いたいと思うし、残念な結果だったとしたら、励ましてあげる人が必要。それは、彼を手伝ってきた景国くんじゃないとできないことよ」
「先輩……」
「一日くらい気にしないで。今日はその黒田君についていてあげた方がいいわ」
残りの時間を大切に。
その気持ちは変わらない。
けれど黒田君に訪れる瞬間は、今日の夕方、その一瞬しかない。
「先輩、帰りは別行動でお願いします」
「わかった。でも、結果は私にも教えてね?」
「黒田君が許可してくれたらですよ」
「もちろん」
† †
「……で、なんで山浦君もいるの?」
「俺ら三人は
「部活休んだんだね……」
夕方のファミレス。
ぼく、黒田君、山浦君の三人で席を確保し、電話を待っていた。
昼間の黒田君はすごかった。落ち着きがなさすぎて、見ていて心配になったくらいだ。
それは今も続いている。
席についてから、すでに何度も座り直している。トレードマークの四角いメガネも事あるごとにかけ直す。
「はー、やばい」
「ねえ黒田君」
「なんだい戸森君」
「受賞すると賞金とかあるの?」
「いや、ないよ」
「あれ、そうなんだ」
「そういうのって賞金あるもんだと思ってたぜ」
山浦君も会話に混じってくる。
「まあ、賞によるね。
「やっば! そんなんマジで人生変わるじゃん。黒田的にそっちの賞は興味なかったのか?」
「ミステリーの中にも色々ジャンルがあるから。俺の作風と賞のカラーが合わない」
「そういえば、今回の応募作はぼく読んでないね。どんな内容にしたの?」
「高校で起きた殺人事件をおねショタカップルが解決する学園ミステリー」
「おい!? なんかそれ聞き覚えあるんだけど!?」
黒田君がてへっとわざとらしく笑う。
「戸森君と月海先輩の関係、使っちゃった」
「……ま、まあフィクションに改変されてるならセーフだけど、ぼくをショタ呼ばわりはひどい!」
「でも顔を見ると……」
「あっ、人が一番気にしていることを!」
「おい、おねショタってなんだ?」
「山浦君は知らなくていいことだよ!」
「申し訳ありません、そろそろご注文の方を……」
店員さんが本当に申し訳なさそうな顔でやってきた。
話に夢中になりすぎていた。
ぼくらは謝って、すぐに各自料理を注文した。
† †
もうすぐ午後6時。
テーブルに置いてある黒田君の携帯はまだ鳴らない。
「やばい、手汗止まらん」
「ぼくも落ち着かないよ」
「俺も飲み物しか喉を通らねえ」
「がぶがぶ飲んでんじゃん」
ぼくはドリア、山浦君はスパゲッティ、黒田君がピザと、それぞれの料理を食べ終えていた。時間的に追加の何かを頼まないと居心地が悪くなってくる。
「こちらの席でお願いいたします」
隣のテーブルにお客さんが案内されてきた。
「あら、戸森さんたちじゃありませんの」
「あ、柴坂さん……」
「なんだ、景国くんたちの待機場所ってここだったのね」
「つ、月海先輩!?」
やってきたのは月海先輩と柴坂さん、頼清さんと40歳くらいの男の人、四人組だった。月心館の門下生に頼清さんがご馳走するといったところか。
先輩も柴坂さんもコートに厚めのロングスカート姿。頼清さんはジーパンにトレーナーだった。
「結果はまだわからないの?」
「はい」
先輩がテーブルを見た。黒田君と山浦君が恐縮したように頭を下げる。
「貴方が黒田君よね」
「そ、そうです。お話しさせていただけまして光栄の至りです」
緊張しているのか、黒田君はよくわからないことを口走っていた。そんな相手に、月海先輩は優しく笑いかけた。
「素敵な結果が出るといいわね」
「は、はい、ありがとうございます」
先輩はうなずくと、隣のテーブルに移動していった。
隣では、柴坂さんが月海先輩から説明を受けていた。黒田君は小説を書いていること自体は隠していない。おそらく柴坂さんも知っているだろう。だけど新人賞で最終選考まで残っているという話は初耳に違いない。
黒田君が顔を寄せてくる。
「なあ」
「なに?」
「柴坂さん、俺の事情知った感じだよな」
「そうだね」
「もしここで受賞したら、柴坂さんとワンチャンあると思う?」
「さあ……」
そればかりはなんとも言えない。
相手がプロ作家だったら無条件で惚れられるなんて都合のいいことはまずないだろうし。
「ああ、マジで受賞してほしいわ。柴坂さんにアピールできる大チャンスなんだから……早く連絡こいっ」
「連絡といえば……」
「なに?」
「黒田君、厚かましいお願いなんだけど、電話きたら横から聞いてもいい?」
「結果のところだけならいいよ。あとは離れててほしい」
「わかった。ありがとう」
――その瞬間だった。
携帯が光った。
一瞬遅れて着信音が鳴り響く。
「き、来た……!」
黒田君が電話を受けた。
すかさず隣から月海先輩と柴坂さんが覗きに来る。
ぼくと山浦君もテーブルから身を乗り出して声を聞こうとする。
『クドウさん、たったいま交風社ミステリー大賞の選考会が終わりました』
相手の声が聞こえる。男の人。この人が黒田君の担当さんなんだ。――クドウというのは黒田君のペンネームかな?
『クドウさん、残念ながら大賞受賞には至りませんでした』
ストレートな報告。その声が、はっきり聞こえてしまった。
「そうですか……」
黒田君がつぶやく。意外にも、そこまでショックを受けているようには見えなかった。
『しかしですね』
相手が続けた。
『
佳作受賞……?
「えっと……佳作は、本になるんですか?」
『なります。ただ、単行本ではなく文庫で、という形になりますが』
黒田君はしばらく黙った。目がぐるぐるあちこちを見ていた。必死で考えているのだ。
それから彼は息を吸って、言った。
「佳作でかまいません。受けさせてください」
『ありがとうございます』
ぼくらは黒田君から少し離れた。
今後の打ち合わせについての話が始まったので、約束通りそこから先は聞かない。
「獲っちまったじゃねえか」
山浦君が言った。
「黒田君がプロ作家かあ」
「なんか信じられねえよな。でも、やりやがったな」
なぜか山浦君が握手を求めてきたので、ぼくも握り返した。趣味も性格も違うのになぜだか仲良くなったこの三人。
黒田君が小説家を目指していることは早いうちから知っていた。一次選考で落とされたなんて愚痴を何回も聞かされた。それだけにお互い、自分のことのように嬉しいのだ。
「黒田さん、プロの小説家になるのですね?」
今度は柴坂さんが話しかけてきた。
「そうみたいだよ」
「すごいことじゃありませんか。うちのクラスから有名人が出るなんて」
「だよねえ」
月海先輩も顔を寄せてくる。
「景国くんのお手伝いも報われたわね」
「今回は何もして……いやしました。報われましたね」
なにせ登場人物のモデルを提供したんだからな。過去最大の貢献率でしょ?
ぼくたちが話していると、黒田君がお礼を言って電話を切った。
「みんな、たぶん聞こえてたと思うけど……」
そう言って、ホッとしたように笑う。
「佳作、もらった。直すところがかなりあるから、本になるのは秋になりそうだけど……」
「おめでとう黒田君!」
「やったな黒田!」
ぼくと山浦君は、それぞれ黒田君と握手を交わした。
「黒田君、私からも祝福させて。おめでとう」
「黒田さん、これから忙しくなるでしょうけど、頑張ってくださいね」
月海先輩と柴坂さんが声をかけると、黒田君は照れたようにちょっと下を向いた。
「黒田君」
「戸森君、どうかした?」
「東京に引っ越すとかないよね?」
黒田君はきょとんとしたあと、笑った。
「ないない。ここでやってくよ。作品の舞台もバリバリ地元だし、俺はそのくらいここが好きだから」
「よかった」
急に手の届かないところに行ってしまうような気がしたのだ。
パチン、と柴坂さんが手を叩いた。
「では、せっかくですからお祝いに一番高いお料理を取りましょう。ここはお任せください!」
「えっ、柴坂さん、悪いよ……」
黒田君が焦るが、柴坂さんは得意げにピースした。
「そもそも今夜は、お父さまから月心館の皆さまに日頃のお礼を――ということで決まった会食だったのです。自由に使える食事代はたくさんもらってきました」
さすがお金持ちはやることが違う。お嬢様の金銭感覚も。
――というわけでぼくたちは一番大きなピザを頼み、みんなで黒田君の受賞を祝った。
柴坂さんも積極的に黒田君と話していた。超大チャンスなのに、黒田君の方はあわあわしまくっていたが。
今夜の月海先輩は控えめで、ぼくと黒田君が話す時間を優先してくれた。その気づかいが嬉しかったし、友達の成功が本当に嬉しかった。
記念すべき夜。
ぼくたちはクラスでの関係を超えて、おしゃべりに夢中になれた。
頼清さんともう一人の門下生の人は隣で酔い潰れていたけれど、それはまあ、どうでもいい。
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