文化祭で演舞をやれば盛り上がる!

「――というわけで、今年のステージは男子希望者によるラップバトルということになりました……」


 柴坂さんが困惑した様子で決定事項を告げた。


 来月に迫った文化祭。

 そのクラス別ステージの出し物についての会議をしていたのだ。

 いくつか案が出された。

 歌とダンスが中心で、最終的に四つのアイディアに絞られた。

 話し合いでは埒が明かないので、投票で決めることに。


 その結果、柴坂さんが言う通りになった。


「一位と二位の差がすごい……なぜですの……」


 教壇で柴坂さんがつぶやいている。


 ……たぶん、みんなステージに立ちたくないからだよな。


 自分から上がってくれる人がいるなら、任せたくなってしまう。目立ちたがりではないぼくからすれば、ラップバトルに投票する以外ありえなかった。


「やれやれ、助かったぜ」


 山浦君はホッとした顔だ。


「去年のは出来損ないのオタ芸みたいできつかったからな……今年は安心だ」


 黒田君も解放された表情だった。


「こほん。気を取り直しまして……二日目の一般公開の屋台についても案を出していただきましたが、ポップコーンが一番多かったのでこれで申請いたします。よろしいですか?」


 はーい、と全員の声が重なった。


「機材は学校で用意してくれるようですが、売り上げで赤字が出た場合は皆さんから補填分を出していただくことになりますので頭に入れておいてくださいね」


 マジかー。

 販売メンバーはこれから決めるんだろうけどちゃんと売らないとね。


 その後も、柴坂さんがテキパキと仕切って出し物の形を作っていった。彼女は二年連続でクラス委員と文化祭実行委員を兼任している。来期の生徒会役員を狙っているだけあってリーダーシップ抜群だ。


「ところで、二日目の第一体育館で行われるフリーステージの参加者が少ないようなのです。このままだとかなり短時間で終わってしまうので、実行委員会としてはさらなる参加に期待しております。希望される方はぜひ教えてください」


 フリーステージ。

 一般の来場者に、登壇者が得意なパフォーマンスを見てもらう場だ。

 でも、みんなクラスの準備だけで手一杯なところがあるらしい。


 ……月海先輩が演舞とかやったら盛り上がりそう。


 ふと、そんなことを思った。

 よし、試しに訊いてみようじゃないか。


     †     †


「いやよ」


 即刻拒否された。

 放課後、渡り廊下の手前にある自販機の前にぼくらはいた。


「私一人で見せるんでしょう? 絶対にいや」

「でも、すごく話題になると思いますよ」

「お父さんがいなきゃ成立しないんだもの。生徒じゃない人間をステージに上げるわけにはいかないし」


 うーん、駄目か。


「それに景国くん、見に来るつもりなんでしょ」

「先輩がよければ」

「よくないから却下! 恥ずかしくて何もできないまま終わるわ!」

「そこまで深刻なんですか……?」

「だって、前のことを思い出しただけでも……ううっ」


 両手で顔を押さえる月海先輩。本当に、ぼくに月心流を見せるのはトラウマ級にやばいことなんだ……。


「先輩、思いつきで言っちゃってすみませんでした。もう言わないので安心してください」

「うん……。一人で演舞をやるなら、お父さんくらい腕がないと駄目なの。私はまだ、全然足りていない」

「軽々しく言わないようにします」


 先輩は安堵した様子だ。


「そういえば先輩、ソーラン節でバク宙やるっていう話はどうなりました?」

「やることになっちゃった……」


 一瞬で落ち込んだ顔に変わる。


「みんな期待してるみたいだから、応えなきゃいけないかなって」

「断りきれなかったんですね」

「まあ、演舞よりはマシだからいいけど」

「バク宙ってそんな軽いノリでいけましたっけ?」

「景国くん、荷物持ってて」

「あ、はい」


 バッグを受け取る。


 先輩は目の前で軽く膝を曲げると、そのまま後方に跳んで一回転。鮮やかな宙返りを決めた。とん、と着地も軽やか。


「ほら、こんな感じでできるから」

「いやいやいや、そんな普通のことみたいに言われても!」


 しかも制服だぞ。動きづらい格好の上に助走なしで決めた。恐ろしい。……何も見えなかったことについては別に悔しくないですよ?


「と、ともかく、それを曲の最後にやるんですね」

「うん。男子三人がやぐらを組んで、その上からクルッて」

「えええええええ!!?? もはや曲芸じゃないですか! クラスの出し物ってレベルじゃないですよ!?」

「そうよね、目立つから嫌だわ」

「気にするところそこじゃないです! 事故ったら大変ですよ!」

「え? そこは気にするところじゃないでしょ?」

「なんで噛み合わない!?」

「ステージの出し物って表彰あるんですって。どうせなら一番獲りたいよねってみんな言うから私も頑張らないと」

「うーん、先輩がいいならいいんでしょうけど……」


 色々と納得いかないが、今のバク宙を見れば大丈夫な気もする。


「あと二日目は焼きそばやるから、よかったら来てね」

「先輩が作るんですか?」

「みんなで順番にやるわ。景国くんに食べてもらいたいな」

「絶対行きます!」

「景国くんのクラスは?」

「うちはポップコーンって言ってました」

「仲間にサービスしすぎないように注意した方がいいわよ。うち、去年みんなでちょこちょこつまんでたら赤字になったから」

「不安だなあ……」


 つまみそうな連中がそろっている。特に男子。


 ――そうか、去年ポップコーンを出していたのは先輩のクラスだったか。


 思い出した。

 渡り廊下に並ぶクラス別の屋台。

 その中にポップコーンがあって、機材の近くに月海先輩もいた。

 ぼくは勇気が出せなくて、買いに行くことができなかった……。


 でも、1年でこんなに変わるんだもんなあ。

 人生、何があるかわからない。


「あ、月海先輩! お時間よろしいでしょうか?」


 校舎から柴坂さんが飛び出してきた。


「あら、未来生みくるちゃん。どうしたの?」

「月海先輩、実はお願いがあるのです。おこがましいお話かもしれませんけれど……」

「何かしら」

「二日目のフリーステージ、演舞を披露していただけないでしょうか」

「……えっ」


 おっと、これは予想外の方向から矢が飛んできた。


「あれはお父さんがいないと見せられないわ。一人じゃできないから」

「私が一緒に立ちます」

「み、未来生ちゃん、本気?」

「はい。初歩的なものだけで充分です。ステージを盛り上げるのに、どうか力を貸してください!」

「…………す、少し考えさせて」

「もちろんです。お返事、お待ちしております」

「景国くん、帰りましょ」

「そうですね」


 柴坂さんに挨拶して、ぼくたちは帰路につく。


 先輩は最後まで困った顔をしていた。


 一人ではできないと言っていた。でも、一人じゃないらしい。


 さあ、どうする、月海先輩。

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