雨の日は寄り添っておだやかに
朝は晴れていたのだが、徐々に雲が増えてきた。
これは帰りまで持たないかもしれない。
3時間目の休み時間、ぼくは教室からぼんやり空を眺めていた。
「戸森さん、少しよろしいですか?」
「うん?」
反対を向くと柴坂さんが立っていた。
「これ、月海先輩に渡しておいていただけますか」
綺麗な包装紙で包まれた小さな箱だった。
「今夜は予定があるので行けないと伝えてもらえると助かります。それはお父さまから、いつもお世話になっているお礼ということだそうです」
「わかった。預かるよ」
「そういえば、戸森さん……」
柴坂さんがぼくの首のあたりをじっと見る。
「姉と弟のような関係かと思っていましたが、なかなかやりますわね」
それだけ言って、戻っていった。
「戸森君と月海先輩を知ってる人ならみんな気づくと思うよ、それ」
黒田君が、ぼくの首にかかったネックレスを指さした。
「そうだろうけど……周りにどう思われるかより月海先輩にどう思われるかの方がぼくにとっては大切だから、これからもずっとつけてると思うよ」
「いいね、まっすぐで」
「でも、一応目立たないようにしてるつもりなんだけどな……」
「首のあたりを気にしすぎなんだよ。逆にみんな見ちゃうよ」
「そっか。意識しちゃいけないんだ」
「月海先輩は自然にしてるじゃん。俺が見た範囲でだけど」
「狭そう……」
「戸森君そういうツッコミもまっすぐだよね……。とにかく当たり前の顔してるのがベストってこと」
ぼくはうなずいた。
しばらくは落ち着かないかもしれないけど、そのうち慣れていくだろう。
† †
お昼休みになると、雨が降ってきた。
さーっと糸を引くような降り方で、たちまち街の景色が霞んで消えていく。
ぼくは雨だれの音を聞きながら渡り廊下を歩いた。少しずつひんやりしてきた。風邪に気をつけないと。
パソコン棟の前には、もう月海先輩が来ている。
「降ってきちゃったわね」
「ぼく、傘忘れました……」
「私は持ってきたから安心して」
ベンチに座る。
「大きい傘だから一緒に入れるわよ」
「朝は天気よかったのにちゃんと持ってきたんですね。天気予報、降るって言ってましたっけ?」
「見てないけど、庭の
「あ、巣穴の周りに土を積み上げるやつですか」
「お父さんが言うには、アリさんは水が流れ込むのを防ぐために盛り上げるらしいの。気圧か湿度を感じ取って準備するんだろうけど……」
アリさん? 先輩ってそういう言葉使うんだ。意外。
「上の方に住んでて、生き物の感覚を頼りにしてる人ってまだそこそこいるらしいですね」
「正確だから。昔の人の知恵は馬鹿にできないわよ」
弁当箱を受け取る。ぼくは柴坂さんから預かった小さな箱と伝言を月海先輩に託した。
「で、どうする?」
「何がですか」
「傘、入りたい?」
……すごく期待している顔だ。これもう答え決まってるようなもんじゃん。
「入らせてください」
「仕方ないなぁ」
楽しそうに言うなぁ。
「でも、他ならぬ景国くんのお願いとあっては断れないわね。同じ傘で帰りましょう。同じ傘でね」
相合い傘は初めてだからよっぽど嬉しいらしい。ぼくも思わず笑ってしまった。
「よろしくお願いします」
その後は、二人で授業や先生の話をしながらお弁当を食べた。
その間も雨は降り止まず、ずっとざあざあと音がしていた。
渡り廊下の屋根から休みなく水が流れ落ちる。
他の音は何も聞こえない。
……なんだか、穏やかな気持ちになれるな。
雨に閉ざされたこの場所で、月海先輩と二人きり。ただ座っているだけなのにとても満たされる。
そっと先輩の横顔をうかがう。
まっすぐに、地面を打つ水滴を見つめていた。
たまにはこういう時間も悪くない。
――と、前ならここで満足していた。
今は、もう一歩先に進みたい思いがぼくの中にある。
ぼくは体をかたむけ、先輩の右腕に体を寄せた。
「景国くん?」
「なんだか、こうしたくなっちゃって」
「……不思議ね」
「不思議?」
「私も、同じ気持ちだったの」
先輩もぼくの方に体を寄せてきた。
相変わらず、身長差のせいで肩と肩は当たらない。でも、お互い相手に体を預けているだけで、たまらなく心が温かくなる。冷えてきた空気すら、今は先輩の体温を感じさせてくれる味方だ。
「落ち着くね」
「はい、すごく」
「きっと誰も来ないだろうし、もうしばらくこうしていよっか」
「……そうですね」
あとはもう、言葉は必要なかった。
ぼくたちは寄り添って、静かな時間が流れるに任せる。
……ああ、幸せだ。
† †
「ああ、最悪……」
「先輩、元気出してください」
「こんな……こんなに悲しいことはないわ……」
「きっと次の機会がありますよ! だからそんなに落ち込まないで!」
「うう、信じていたのに……雨雲の馬鹿……」
放課後。
雨雲は過ぎ去って、空はどこまでも青く透き通っていた。
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