柴坂さんは恋愛に興味津々。
「やっとテスト終わりましたねー」
お昼休み、ぼくは屋上でつぶやいた。
「文化祭と中間テストが同じ月にあるのって、ちょっと考えてほしいなって気がしません?」
「まったくよね。部活やってる子なんか一番忙しい時期だし」
月海先輩がいつものように、隣でお弁当を食べている。
「景国くん、成績はどうだった?」
「国語と世界史が90点超えました」
「すごい。総合点で上位に入ったんじゃない?」
「……数学と化学が足を引っ張ったので真ん中よりちょい上くらいです」
「ふふ、景国くんらしいわね」
化学は惜しくも平均点に届かなかったレベルだが、数学は35点。30点を割ると追試なので、本当にギリギリだった。
「先輩はどうでした?」
「今回は得意分野が伸びなくて、オール80点台だったわ」
「それで納得いかないんですか……」
「私も国語が一番自信あるのよ。今年だって一回も90点は下回ったことなかったのに」
「やっぱり、忙しかったぶん影響出ましたよね」
先輩は首を横に振る。
「今回国語のテストを作ったのが、新しく来た片倉先生だったの。これまでずっと沢北先生だったから、どういう問題を出してくるかが感覚でわかってたのよ」
「ああ、問題の作り方が違って戸惑ったんですね」
「そういうこと。みんな同じだったみたいで平均点は下がったわね。やっぱり慣れって怖いわ」
それでも80点取れるのなら充分だと思うけど……。
「ともかく、これで文化祭の方に集中できるわね」
「先輩はクラスとフリーで二回ステージに上がらなきゃいけないんですよね。練習も両方で……」
「でも、毎日すごく楽しいよ。こんなことは今回限りだし、日に日に本気度が上がってる感じ」
「ぼくも本気で協力します」
「お願いね。今日のフリーステージのリハーサル、来られそう?」
「大丈夫です。スポットライト、使ってみましょう」
月海先輩がうなずいた。
† †
体育館はカーテンがすべて閉められ、照明も落とされている。
唯一の光源はぼくの目の前にあるスポットライトだけだ。ぼくは体育館の二階通路からステージを照らしている。
円の中に、月海先輩と柴坂さんの姿が浮かび上がっていた。今日も黒の袴姿だ。
二人が膝をつき、挨拶する。
立ち上がって木刀を構えた。
「はっ」と声を出し、柴坂さんが踏み込む。本気の打ち込みを月海先輩がさばいていく。
かなりいい調子だ。
道場と同じように動けている。
今日の月海先輩は緊張している様子もなさそうだった。
体育館に木刀のぶつかる音が響く。踏み込みの音も大きかった。二人とも裸足だから、動くたびにステージが鳴く。
両者の打ち合いが終わり、離れる。
膝をついて一礼。
月海先輩が立ち上がって観覧席を向く。
「――以上が月心流の剣術、
二人が礼をすると、見ていた生徒たちが拍手した。
柴坂さんを先頭に、二人が舞台袖に消えていく。月海先輩が一瞬、ぼくの方に顔を向けたような気がした。
† †
「大成功だったじゃないですか!」
「月海先輩、さすがでしたわ!」
「二人とも、本当にありがとね」
リハーサル終了後、昇降口脇の水道の前にぼくたちは立っていた。月海先輩と柴坂さんは制服姿に戻っている。
ぼくが体育館の中にいても、月海先輩はいつも通り動けた。やはりどこから視線が来ているかわかっていると安心感があるのだ。
「この調子なら、本番も上手くいきそうですね」
「なんだか、私の方が足を引っ張りそうな気がしてきましたわ……」
「大丈夫よ、未来生ちゃん。今日くらい動ければ充分。もし調子が悪ければ私がフォローするから」
「お願いいたします……」
しばし、みんな黙った。
柴坂さんはぼくと月海先輩を交互にちらちら見る。
「あの、以前から気になっていたのですが」
「何かしら」
「お二人はおつきあいされている……のですよね?」
月海先輩が一瞬固まった。
「ま、まあ、そうね」
「私はお父さまに、自由に恋愛しろと言われました。ですが、今はまだよくわからないままです」
「好きな男子はいないの?」
「残念ながら」
クラスの男子たちが聞いたらダメージを受けそうな発言だ……。
「告白されたことは?」
「ありません。男子が声をかけづらい相手だと思われているようでして」
ザ・お嬢様だからかな。
「月海先輩は最初から戸森さんのことが好きだったのですか?」
「そ、そうね」
「戸森さんと学校で仲良くするまでにたくさんの男子から告白されたと聞きました。その中に魅力的な相手はいなかったのですか?」
「あ、それはぼくも気になります」
ぼくらが視線を向けると、月海先輩がそわそわし始めた。
「わ、私は誰にも興味がなかったの。だって……」
「だって?」
グイグイいく柴坂さんに、月海先輩が押されている。
「だから、えっと……私は景国くん以外ありえないって、思っていたから……」
どんどん声が小さくなっていく。
ぼくは嬉しさのあまり壁をドンドン叩きたくなった。
「なんと一途な。尊敬いたします」
「は、恥ずかしくなってきたわ……」
「告白はどちらから?」
「ぼくだよ」
「どういう言葉をかけたのでしょう」
「ひみつー」
ぼくが言うと、柴坂さんがふっと微笑む。
「大切な人への大切な言葉は、他人には教えられないと」
「そんな感じかな」
「景国くん……」
「では月海先輩、せめてなんと答えたのかだけでも教えていただけませんか?」
「えっ……」
「後学のために知りたいのです。私も好き、とか?」
月海先輩の視線が安定しない。わかりやすいなあ。
「そ、その告白、受けさせてください……って」
「慎ましいお返事……素敵です」
「やめて。そんなにうっとりした顔で私を見ないで」
「いつか好きな方から告白されるようなことがあったら、私も同じようにお返事をすることにします」
「あ、相手にもよるんじゃないかしら?」
「そうかもしれません。ですが、とても勉強になりました。こういうことも教われるのが学校のよいところですわね」
「あまり参考にしないでほしいけど……」
エンジン音がした。校門の向こうに黒い高級車がやってきた。
「あ、迎えが来てしまいました。それでは、今日はお疲れさまでした。次回もよろしくお願いいたします」
美しいお辞儀をして、柴坂さんが去っていった。
「月海先輩、大丈夫ですか?」
「ステージより疲れたわ……」
先輩が額を押さえる。本当に消耗したらしい。
「あの子、色んな意味ですごい子ね……」
「ぼくらとちょっと感覚が違うのかもしれませんね」
先輩が立ち直り、歩き始める。
「景国くん、さっきはありがとね」
「何がですか?」
「告白の言葉、言わないでくれたでしょ。私たちだけのものだって考えててくれたの、すごく嬉しかった」
「あれは先輩以外に言っちゃ駄目だってずっと思ってるので」
ぼくたちは顔を見合わせ、笑った。
「ねえ」
「はい」
「あの言葉、あらためて言ってくれない?」
ぼくはうなずく。
あの時の言葉、息づかい。今でもはっきり思い出せる。ぼくはそっと息を吸った。
「月海先輩、ぼくは貴女のことが、好きです」
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