ポニーテールで叩かれたい
クラリッサに行ってから数日経った。
ぼくと月海先輩は特に変わっていない。
お昼も一緒だし、帰り道も一緒。
話すこともいつも通りだと思う。
ただ、ぼくの中にはずっと引っかかりができていた。
――さあ……どうかしらね?――
先輩のあの言葉にどんな意味が含まれていたのか。それが気になって仕方がないのだ。
もし……もしもあの場面で返事を濁されなかったら、ぼくは勢いのままに告白していたかもしれない。そのくらい大きな局面だった気がする。
「ヘタレだなぁ……ぼくは……」
自室のベッドでごろごろしながらつぶやく。
当たって砕けろ。でも砕けたら再生不能。
それが怖くて――って同じことで悩んで何日経ったんだ?
とうとう7月に入った。
今月のどこか……具体的には夏休みに入る下旬までに覚悟を決める。絶対にだ。
できるかなぁ……ってまたすぐ弱気になってる! こんなんじゃいかん。夏目先輩くらいの強いメンタルで月海先輩と向き合わなければ! なあなあで過ごし続けたらきっと後悔するっ!
うーん、強迫観念に取り憑かれているかな。
先輩との時間を楽しめないんじゃ本末転倒だぞ?
よし。
とりあえず明日はしょうもない話をして笑顔になろう。心をほぐしてまた考えよう。こ、これは先延ばしじゃないからね!
† †
ドゴッ。
「ぐはあっ!」
翌朝。
衝撃で目が覚めた。
ベッドから転がり落ちたらしい。
「いてて……」
こんなの久々だ。昨日考えすぎたかな。
左のこめかみ周辺が痛い。落ちたところに積んでおいた単行本の角がヒットしたのだ。
「うわ、すごいじんじんする……」
どうでもいいところでは勢いつくんだな。よくない流れだ。
ぼくは激突した『人はそれをラブコメと呼ぶ。』シリーズをまとめて移動させた。このシリーズも6巻か。すごく続きが読みたいって感じでもないのになぜか新刊出ると買っちゃうんだよな。
……どう考えてもこのイラストのせいだけど……。
黒髪ポニーテールのメインヒロインが表紙を飾っている。ヒロインは細目だ。鋭い細目。こことても重要。
ぼくは細目の女性に惹かれやすい人間だと思う。二次元三次元に関係なくだ。まつげが長いとなお素敵。
加えて黒髪もポニーテールも好きである。
だから、すべて持っている月海先輩は最強なのだ。
「ん、そういえば……」
ぼくは片づけた単行本を手に取った。この話の中のとあるエピソードを思い出した。
「よーし……」
† †
「戸森、お迎えが来てるぜ」
「え、まだ死ぬつもりないんだけど」
「バカなの? あっちを見ろ」
山浦君があごをしゃくった先――教室の入り口まで月海先輩が来ていた。
クラスメイトたちがひそひそ話し始める。ちょこちょこぼくの方に視線も飛んできた。
これは急いで移動した方がいいな。
「先輩、どうしたんですか?」
「うん、そろそろお昼の場所を変える時期かなって思ったから」
「場所ですか」
ぼくらは廊下を歩きながら話した。
「日差しが強すぎてしばらく屋上は使えそうにないわ。だから秋まで違う場所を探さなきゃって」
「そういえば、最近食べててちょっとつらいですもんね」
「汗かいちゃうと午後の授業に影響も出るし」
汗をかいた先輩は色っぽくてそれはそれで美しい……とは、もちろん口に出さない。
「パソコン棟の横にベンチありましたよね。あそこはどうですか?」
「なるほど。いい場所を覚えていてくれたわね」
ぼくたちは1階に下りて渡り廊下を進んだ。左手は校庭、右手には各種選択授業で使う専門棟が並んでいる。
パソコン棟は野球部のベンチのすぐ裏だった。渡り廊下のほぼ終点だ。
ベンチが二つあって、その横には水道もついている。突き出した屋根が太陽を遮り、うまく日陰になっていた。
校舎から遠いせいか、ベンチには誰もいない。
「うん、しばらくここを使いましょう」
先輩が納得してくれたようでよかった。
並んで座り、弁当箱を受け取る。
「ふー……」
大きく息を吐いた。
いよいよあのお願いをする時間がやってきた。
が、考えるとバカらしくて言い出しづらい。なに言ってんのこいつ、と先輩に思われるかもしれない。
でも、思いついちゃったものは仕方ないじゃん。だから言うんだ、やってもらうんだ。さあ言葉にしろ戸森景国!
「…………っ」
「景国くん、深刻そうな顔してどうしたの?」
「あ……いえ……」
そういうとこだぞお前ええぇぇぇ!!!
これは単なるお遊びだ。
このくらい言えなくて告白なんかできるか!
「せ……せんぴゃい!」
「あ、噛んだ」
「せん、ぱい……」
「なぁに? せんぴゃいに言ってごらんなさい」
うわぁからかわれてる恥ずかしい!
顔が熱くなって抑えが効かない。ええい、もう突撃あるのみ!
「お願いを、聞いてもらえませんか」
「景国くんの方からお願いなんてめずらしいわね。できる範囲でなら聞いてあげる」
「……その、ポニーテールで叩いてもらえませんか?」
「…………えっ」
「……」
「……」
あああ、やらかしたああああぁぁぁ!!!
先輩固まってる!
すっごい真顔!
終わった?
取り返しのつかないミスやっちゃった?
「まあ……別にいいけど」
「お、おおっ」
よかった!
ちょっとくらいしか引かれてなさそうだ!
「貴方も物好きね。もしかして、そういう性癖?」
「いえ、違うんです! ただ、そういうシチュエーションには少し興味があって」
「痛いだけだと思うけどね。髪の毛ってけっこう硬いのよ?」
「思い立ったが吉日です」
「その使い方はおかしい……」
しょうがないな、と先輩が弁当箱を横に置いた。
顔をぼくの方に向ける。
ここから反対に顔を振るとポニーテールが飛んでくるわけだ。
二次元でしか見たことのないシチュエーションが実現する!
さあ来い!
「じゃ、いくわよ。――えいっ」
バシッ!
「ぐうっ!?」
「え、大丈夫?」
「う、うおぉ……」
「今の手応え、完璧に入っちゃったかも……」
「だ、大丈夫です。先輩が悪いんじゃないんです」
左のこめかみに当たった。
今朝、単行本の角でえぐれた場所に……。
本当に、地味に痛い!
「先輩、ありがとうございました……」
「一応、感想を聞かせてもらえる?」
「痛いです」
「景国くん、私……」
「あっ、駄目ですよ! ネガティブ思考はやめる約束です!」
「だって貴方があんまり痛そうにするから!」
「この場合、痛いっていうのは喜びの表現です!」
「え、じゃあやっぱり……」
「Mじゃないですよ!? そこは間違えないで!」
「つまりどういうことなの!? 私、さっぱりわからないんだけど!」
「すみません、スタート地点でぼくがすでに間違ってたんです! これは全部なかったことにしましょう! さ、お昼お昼!」
「ごまかされないわよ。わかりやすく説明して!」
「ポニーテール最高ってことです!」
――結局、意識せずしょうもない話ができたのですべてよし。
……いいのか?
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