王子(女子)は今日も気だるげ

「今朝もやってるわね」


 朝、月海先輩と一緒に学校までやってくると、広報活動中の名張さんグループを見かけた。


 周りの女子は熱心に声を出しているが、名張さんは相変わらずだるそうにしている。


「あの子、断れないから態度で察してほしいって感じなのかしらね」

「かもしれません。当選したら嫌だなあとか思ってたりして……」


 校門を抜ける。


「ああ、戸森君じゃないか。おはよう」


 早速声をかけられた。


「おはよう。今日も眠たそうだね?」

「いつもはホームルーム直前に来るのさ。この時間はどうも慣れないね……」


 ふああ、とあくびをする名張さん。


「景国くん、先に行ってるわね」


 月海先輩はそう言うと、顔を寄せてきた。


「ちょっと事情も探ってみたら?」


 ささやくと、先輩は行ってしまった。


「名張さん、実は当選したくないとか思ってる?」

「キミは遠慮がないね」

「さすがに気になるからさ。いつも名張さんだけ気だるげにしてるし……」

「まあ、私は押し上げられただけだからなあ。クラスの女子たちの方が活動を楽しんでいるくらいさ」


「あの、涼ちゃん」


 小さな声がした。

 名張さんのポスターを持った女子が近づいてきた。小柄で目線の落ち着かない人だった。黒髪に青いヘアピンを二本挿している。おどおどした様子は、どこか小動物っぽさを感じさせる。


「戸森君、紹介しておくよ。この子は新村にいむら夕奈ゆうな。私の応援演説をやってくれるんだ」

「あ、そうなんだ」


 新村さんはぼくを見て、ふかぶか頭を下げた。


「し、柴坂さんの応援演説をする人ですよね。ライバルとしてよろしくお願いします」

「うん……」


 どう返すのが正しいんだ?


「彼女は弱気な自分を変えたいと大役を引き受けてくれたんだ。それだけで私はもう満足さ」

「名張さん、なんかもう落選する前提で話してない? せっかく立候補したんだから、せめてこう……」

「当選してもなあ」

「はっきり言っちゃったよ!」

「私は女子たちと一緒に仲良く過ごせればそれでいいんだ。だが生徒会に入ってしまえばその時間も削られてしまう……」

「だったら、断るべきだったんじゃない?」

「女子にお願いされたら断れないだろう」


 よくわからないが、ジレンマを抱えているらしい。


「あ、あのね」


 新村さんがポスターを差し出してきた。


「涼ちゃんがこう言うから、あんまり選挙で予算使わないようにって、これで……」


 よく見ると、ポスターの裏側には描きかけのイラストがあった。


「美術部が廃棄したものを再利用させてもらってて、新しい紙を使わないようにしてるの……」

「そういえば柴坂さんも同じことしてたな」


 柴坂さんはポスターでなくプリントの裏を使っていた。選挙費用の削減を先生からお願いされたとかで。


「なんか……6年ぶりの選挙なのに色々ケチってるよね」

「し、仕方ないんじゃないかな。信任投票だけの方がお金もかからないし……」

「つまり3組の女子が名張さんを推したために想定外の費用が発生しているわけか」

「ご、ごめんなさい……」

「あ、別に新村さんを責めたわけじゃないから」

「わ、わたしも学校のみんなに迷惑かけてると思ってて」

「思ってるんだ……」


 クラスの中でも意見が分裂しているとは。本当にグダグダな選挙という感じがする。


「よう戸森君、久しぶり」


 背後から声をかけられた。新村さんがビクッと体を硬直させる。


 振り返ると、すっかり髪の伸びた川崎先輩が歩いてきた。


「おはようございます、川崎先輩」

「絡まれてるのか?」

「敵情視察です」

「なるほどね。戸森君が応援演説やるんだって聞いたよ。月海さんに恥ずかしいとこ見せないように頑張れよ」

「は、はい」


 そうだよな。ステージの上で噛みまくるところは先輩に見せたくない。


 じゃ、と川崎先輩が校舎へ向かう。


 横から新村さんが近づいて、

「よ、よろしくお願いします」

 とポスターを渡した。


「もういらないんだけどな……」


 川崎先輩は苦笑いしながら受け取っていった。押しつけられているという話だが、何枚くらい同じポスターをもらったんだろう。


「さてと。夕奈、そろそろ撤収しないか?」

「う、うん。そうだね。みんなに声かけてくる」


 新村さんがぱたぱた走っていき、クラスメイトの女子たちに声をかけた。


 3組グループが片づけを始める。

 ぼくは携帯の時計を見た。8時20分。ホームルーム開始が45分からなので時間には余裕があるはずだ。


 立候補者の気分で終了していいんだろうか。まだ登校してくる生徒はたくさんいると思うんだけど……。


「やあ、今朝も頑張ったな。じゃあね戸森君、柴坂さんによろしく伝えてくれたまえ」


 では、と名張さんたちは引き上げていった。


 うーん、実にグダグダ。

 柴坂さんの圧勝で終わるんじゃないだろうか?


 せっかくなので、ぼくは西門まで行ってみた。


「生徒会長候補、柴坂未来生でございます。おはようございます」


 柴坂さんが声を張っていた。

 サポートする女子グループもチラシ配り、声かけに熱心だ。


 選挙に対する熱量が明らかに違う。


「おはよう、柴坂さん」

「あら戸森さん。おはようございます」

「手ごたえはどう?」

「なかなかですわ。応援してますと言ってくれる1年生もいますし」

「おお、いい感じだね」

「ずっと狙っている位置ですから、絶対に負けるわけにはいきません」


 負けないと思うなあ……。わざわざ言ったりはしないけど。


「それにこうした活動をすることで、自分がさらに成長できている実感がありますの。結果がどうなろうと、無駄にはならないと断言できます」

「そっか」


 柴坂さんは向上心でできているからな。


 活動的な柴坂さんと、無気力気味の名張さん。

 正反対の二人がぶつかるとどうなるのだろうか。


 投票日はすぐそこ。

 あとはぼくが失敗しなければ全部が上手くいくはずだ。


 それにしても、応援演説のライバルになった新村さん。

 自分を変えるためとはいえ、演説で壇上に立つのは相当な勇気がいるはずだ。

 きっとそれだけの用意をしてくるはずなので、ぼくも柴坂さんと同じく負けるわけにはいかない。


 狙うは完全勝利。やってやろうじゃないか。

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