悩みのタネは料理で上書き
あと少しで8月もおしまい。
夏休みがあったせいかあっという間だった。
ぼくは放課後、校門の近くで月海先輩を待っていた。
夕方になってもじりじりと暑く、嫌な汗が出る。駐輪場の自転車はもうほとんどなくなっていた。
……遅いな。
いつもならもう来ていてもおかしくない時間のはずだけど。
日陰で夕日をやり過ごしていると、茶髪の男子生徒が通っていった。耳にピアスを開けていた。……あれって校則違反じゃないのかな。
――と思っていたら、その人がぼくを睨みつけてきた。
「っ……」
突然のことに心臓が跳ね上がった。
相手は睨んだだけで行ってしまったが、ぼくが何かしただろうか?
ぼくからすればうらやましい、年相応のイケメンだったけど、顔は落ち込んでいたように見えた。
あの人は校舎の右からやってきた。あっちには実習用の田んぼがあるだけだ。
……不思議に思っていたら、同じところから月海先輩も現れた。
「お待たせ、景国くん」
「先輩、田んぼの当番か何かですか?」
すぐには返事がこなかった。先輩は道路を見ている。
「ピアスを開けた男子が通らなかった?」
「来ました。なんか暗い顔で」
「告白されたの」
「えっ――」
「すぐ断ったけどね」
「そう、だったんですか……」
なんとなく予感はあったけど、実際に言われると胸のあたりが重くなる。
「景国くんと一緒にいるようになってからはなくなってたんだけどな。久しぶりだからびっくりしちゃった」
「かっこいい人でしたね」
「そう? 私、崩した格好する人って苦手」
確かに、先輩はそういうの嫌いそうなイメージだ。
「同級生ですか?」
「隣のクラスの
「ぼくらのこと、話しました?」
「してないけど、『貴方のことがわからないから』って追い払ったわ。驚いてたわね。まさか断られるなんてって顔だった」
「よっぽど自分に自信があるんだなぁ……」
はぁ、と月海先輩がため息をつく。
「興味ない相手でも、断るのって後味悪いのよね。なんかぐったりしちゃう」
「それは先輩が優しいからですよ」
「景国くんはそう言ってくれるんだ」
ぼくたちは歩き出した。
「励ましてもらえるだけでも全然違うわ。貴方がいてくれてよかった」
とは言うものの、月海先輩の表情は晴れない。
帰り道は互いに言葉が少なく、味気ないものになってしまった。
こういう時こそ、先輩を元気づけてあげたい。
家の前で先輩と別れたあと、ぼくは意気込んで台所に入った。
† †
元気づけるといったら食べ物!
月海先輩に何か作って食べてもらおう!
――そう思ったのだが、ぼくのレパートリーはびっくりするほど少ない。カレーなら作れるけど、鍋ごと先輩の家に持っていくのはさすがにやりすぎ感がある。
「おやきにしよう」
長野県民は困ったらおやきを食べる……かどうかは知らないけど、我が家はそうだ。
早速小麦粉とボールを出して準備した。母さんが作っているところをよく見てきたからいけるはず。
小麦粉に塩を少々、そしてお湯を混ぜる。
よーくこねて生地を作る。
具材は何にしようかな。
ここはぼくの一番好きなピザソースでいこう!
冷蔵庫からピザソースを取り出した。ブラックペッパーも足しちゃおうかな。この組み合わせ、好きなんだよね。
生地にソースを注ぎ、胡椒をかけて包み込む。
鍋に火を入れて蒸し始める。
いい調子! やればできるじゃんぼく!
「景国くーん、いるー?」
玄関から月海先輩の声がした。
「はーい」
行ってみると、長袖シャツにロングスカート姿の月海先輩が立っていた。ポニーテールの根元が青いゴムからピンクのシュシュに変わっていた。かわいい……。
「また回覧板を任されちゃった。お母さんに渡してね」
「ありがとうございます」
「……何か作ってるの?」
「はい、おやきを自分で作ってみようかと!」
「いい匂いね」
「先輩、よかったら上がってください。食べてもらえませんか?」
「えっ、か、景国くんの手作りおやきを!?」
そこまで動揺しなくても……。
「先輩に元気になってもらいたいんです。だから……」
「私のために作ってくれたの?」
ぼくがうなずくと、月海先輩が外へ飛び出していった。
「なんで!?」
しかし帰ったわけではなく、扉の陰で深呼吸しているだけだった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「うん……」
戻ってきた。
「私がぐったりするなんて言ったから、気にしてくれたのね」
「一人で抱え込んでほしくなかったんです。だって、その」
「だって?」
「……ぼくらは、つきあってるじゃないですか。不安は二人で分かち合えたらと思って」
言ってて恥ずかしくなってきた。
「景国くん……」
先輩が近づいてくる。
そして、ふわっと抱きしめられていた。
「ありがとう。すごく嬉しい」
体中が熱い。色んな熱気でどうにかなってしまいそうだ。
「あ、あの、火がかかったままなので台所に行きませんか?」
「うん、お邪魔します」
先輩の体が離れていく。
何度かこうしてもらったけれど、まだ慣れないな……。
台所に戻ると、おやきがちょうどいい加減になっていた。
「いい色合いね。景国くん、上手い」
「一人で作るのは初めてなんですけど、これで問題ないですか?」
「大丈夫よ。ざるに移しましょう」
出来上がったおやきをざるに並べていく。形の崩れている物もあるけど、おおむね丸くできている。まずまずの戦果じゃないか?
「これ、中身は?」
「ピザソースにちょこっとブラックペッパーを入れました」
「ふふ、景国くんらしいわね」
「野菜は下準備が大変なので……」
実際は野沢菜の調理方法を知らないだけだが。
「じゃあ、いただいていい?」
「ど、どうぞ」
先輩がテーブルについて、おやきを口に入れた。緊張の瞬間――
「あ、おいしい」
「よかった!」
心の底からホッとした。もし苦い顔をされたらどうしようと思っていたのだ。
「皮の厚さもいい感じ。景国くん、本当に初めてなの?」
「前に一個作っただけなので、実質初めてです」
「ああ、あれ」
「一回経験しておくだけでも違いますね」
月海先輩は上を向いて目を閉じた。
「感動で言葉が出ない……」
「そこまでですか?」
「だって大好きな人が、私が悩んでいるのを心配して手料理を作ってくれたのよ? こんなに幸せなことはないじゃない」
ぼくも褒められてすごく幸せだ。
「景国くん、本当にありがとね」
「こちらこそ。さあ先輩、食べられるだけ食べちゃってください」
「うん、いただきます」
先輩が二つ目を食べた。
「ごほっ」
そしてむせた。
「せ、先輩大丈夫ですか!?」
「か、景国くん……こ、これ、胡椒の量が……ごほごほ」
「わあああ、すみませーん!」
やっぱり、最初からノーミスは無理だったようだ……。
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