夏目先輩からの「月海先輩通信」
月海先輩のいない学校生活も、週の後半に入ると慣れてきた。本来はこうやってクラスメイトと過ごす時間の方が多かったのだ。元に戻っただけとも言える。
先輩は毎朝、起きるともう朝ごはんを用意して待ってくれている。
二人でそれを食べ、ぼくは見送られて学校へ向かう。先輩は家に戻って鍛練をしたり勉強をしたり、密度の濃い一日を過ごしているようだ。
その日のお昼休み、ぼくは山浦君、黒田君と三人で弁当を食べていた。
「戸森がここにいるの、やっぱ違和感あるよな」
山浦君が言った。
「でも、去年まではずっとこうだったじゃん?」
「そうなんだが……今年はまったくいなかったからな」
「戸森君、月海先輩がいなくてさびしい?」
「嫌な訊き方をするね黒田君……」
「実際のところ、どう?」
「まあ、ちょっとさみしいかな」
「のろけいただきましたー」
「キレるよ?」
「ごめん、調子乗った」
山浦君がぼくの弁当を眺めてため息をつく。
「学校休みになっても昼飯作ってくれるとかマジうらやましいわ。どんだけ愛されてんだよ」
「同感。戸森君がヒモになるのも時間の問題だね」
「勝手な想像はやめてもらおうか。ぼくは月海先輩に頼りっぱなしにはならないよ。将来的にはちゃんと自立するつもりだから」
「お、おう……」
「本気の返事をもらってしまった……」
山浦君と黒田君が顔を近づける。
「彼女ができるとしっかりするもんだな」
「まったく。月海先輩の力はすごいみたいだね」
「ま、あの人と一緒ならなぁ」
「納得度は高い」
「隙がないし」
「クール美人」
「面倒見がいい」
「硬派な感じもある」
ぼくは二人の会話を、ちょっと得意げな気分で聞いていた。彼女が称えられていると自分のことのように嬉しいのだ。
でも、隙がないとは言い切れないんだよな。ぼくの見た限りでは、けっこう油断も多い。
携帯が鳴った。月海先輩からメッセージかな?
確認すると、知らないアドレスからメールが来ていた。
〈やっほー夏目です!
光ちゃんからアドレス教えてもらいました!
今日は光ちゃんとボーリングに来てるよ!〉
夏目先輩からだった。データが添付されている。
開いてみると、オレンジのボールを持った月海先輩が写っていた。セーターにスキニー姿だ。ボールで口を隠しているけど、恥ずかしいのかな。
「お、月海先輩の写真じゃん。誰から?」
二人に見られた。山浦君が食いついてくる。
「夏目先輩からだったよ」
「ああ、あの二人って仲いいもんな」
またもメール。
〈動画はNGらしいです! すまんな!〉
駄目かー。
先輩が投げるところ見たかったな。
返信しようとしたら、さらに次のメールが来た。
〈光ちゃんめっちゃストライク出してる! やばい!〉
さすが月海先輩。期待を裏切らない。
さらなる追加情報待ってます、と返しておく。
「彼女の友達からも気にしてもらえるとか、恵まれてるな」
「俺らとの格差ひどくない……?」
「で、でも山浦君はキャプテンで活躍してるじゃん。黒田君はプロ作家になるんだし」
「キャプテンは高校のうちだけだ」
「俺は地獄のような改稿作業が待っている……」
二人が落ち込んでしまった。これ、ぼくのせいじゃないよね?
そこに再びメール。
〈光ちゃんは故障が怖いから軽めストレートしか使わないんだって!
両サイドに残ってけっこう詰んでる!〉
うーん、これも実に月海先輩らしい。先輩ならストレートの威力で全部なぎ倒しそうなイメージがあるけど、安全第一か。鍛練に影響が出たらまずいもんね。
〈ジュース賭けて真剣勝負するのでまたのちほど!〉
それっきりメールは途切れた。
「夏目先輩のメール、テンションたけぇな」
「だね。全部びっくりマークついてるし」
「文章だけになってもイメージ変わらないってすごいな。キャラ作りの参考になるかも」
チャイムが鳴った。
夏目先輩のおかげで今日のお昼休みはあっという間だった。まだ続きは送られてくるのかな? 待ち遠しい。
† †
6時間目。
国語の授業で、先生が教科書を読み上げている。ぼくもそれを追いかけていた。
携帯は教科書の陰に置いている。
5時間目は何も起こらなかった。ボーリングが終わって別の場所に移動しているのかもしれない。
先生が板書に移る。
ちょうどそのタイミングで夏目先輩からメールが来た。データつきだ。
〈光ちゃんにセーラー服を着てもらったよ!〉
「なっ……!」
「ん、戸森どうかしたか?」
「あ、いえ、なんでもありません!」
みんな不思議そうな顔をしていたが、事情を知っている山浦君はニヤニヤしていた。前の席の黒田君もピクピク震えている。覚えてろ。
ぼくはデータを開いた。
「やばい……」
小さくつぶやいた。
試着室に立っている月海先輩が写っていた。紺色のセーラー服姿で、赤いスカーフに、黒のソックス。両手をお腹のあたりで重ねて顔を赤くしている。
これはやばいです。インパクトが尋常じゃない! ていうかこの店どこだ!? こんなところ長野市内にあったのか!? すごく気になるんですが!
とにかく速攻で保存した。先輩、あとで「消して」とか言ってこないよね……。
追撃のメールが来た。
〈海賊のコスあった!〉
「おお……」
かわいさ全開だった月海先輩は、一転してかっこよさ全開になっていた。
帽子には鳥の羽がついていて、ジャケットには宝石らしき物がついている。
右手でサーベルを構えた月海先輩は野性味にあふれていた。こっちは表情も生き生きしていて、強気な笑み浮かべている。
かっこいい……!
たぶん夏目先輩の提案でこの店に行っているんだろうけど、素晴らしいチョイスだ。着てくれる月海先輩も最高。
お、またメールだ。わくわくして開く。今度はデータがついていない。
〈ブルマと体操服は断固拒否だって〉
「…………」
まあ、それは無理もないな……。
† †
その後も、夏目先輩からは小刻みに写真が送られてきた。
長野駅前のコーヒーショップにいるところ。
駅前のモニュメントの前。
スイーツを持っている写真。
屋外だと分厚いコートを着ているから、それだけでもイメージが変わって新鮮だった。学校に行ったのに月海先輩と遊びにも行ったような気分になっていた。
夏目先輩のメールを追いかけていたから、6時間目はほとんど聞いていなかった。不良学生になってしまいそうだ。
家に着くと、月海先輩からメッセージが届いた。
〈もう家にいる?〉
〈いま帰ってきました〉
〈行ってもいい?〉
〈もちろんです〉
少し待つと、すぐに月海先輩がやってきた。写真の格好のままだった。
「今日、あかりからたくさんメールが行ったでしょ」
「はい。先輩、強引に撮られたとかじゃないですよね?」
「ちょっとためらったけど……あかりが『彼氏には色んな姿を見てもらうべき』って言うからそうかもしれないと思って」
セーラー服とかブルマとか、夏目先輩の趣味を垣間見た気もするけどね。
「景国くん、私、変じゃなかったかな?」
「全然そんなことなかったです。かっこよかったりかわいかったり、見たことない月海先輩がいっぱいでした」
「そ、そっか。……勇気出してよかった」
月海先輩が照れたように笑った。
「あかりも私たちのことをずっと応援してくれてるから。今日、あらためて周りに恵まれてるんだって感じたわ」
「メールのおかげでぼくも楽しかったです」
「だったら、あかりも張り切った甲斐があったというものね。あの子、一回スイッチ入ると最後まで全力だから」
「会うたびに撮られそうな勢いですね」
「それは断らなきゃ……」
そうだ、今のうちに訊いておこう。
「ところで先輩」
「なにかしら」
「あのコスプレしてたお店、どこなのか教えてください」
月海先輩が真顔になった。
「いや。絶対に教えない」
「えーっ!!!」
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