ぼくも少しは変われただろうか
クリスマスが近づいている。
月海先輩がケーキを選んでくるので、ぼくは時間になったら先輩の家に行くだけでいいという話になった。
せっかくだからクリスマス料理を一緒に作るとか……とも考えたが、カレーすら先輩に任せてばかりだったぼくに何かできるとは思えなかった。
ホームルームが終わり、みんながぞろぞろと帰っていく。
「はー、終わった終わった」
横の席で山浦君が体を伸ばした。キャプテンになってみんなをまとめるようになったせいか、なんだか顔つきが大人っぽくなってきた気がする。
「今日もこのあと練習?」
「ああ。今は来年に備えて走り込みと筋トレだ」
「川崎先輩は練習見に来たりするの?」
「最近は来なくなったな。なんか知らないうちに彼女できたらしくてさ」
非常に心当たりのある話だな……。
前の席では黒田君はスクールバッグをいじっていた。それから携帯をチェックする。
「ん、不在着信ある……」
そのまま黒田君は固まった。しばらく待っても動かない。
「黒田君、どうかした?」
ぎこちない動きで黒田君が振り返った。
「あのさ、03から始まる電話番号って東京からだっけ」
「確かそうだぜ。なあ戸森」
「うん、そんな話を聞いたことあるよ。それがどうしたの?」
「もしかしてこの番号……」
黒田君がつぶやいた瞬間、着信音が響き渡った。
「お、同じ番号だ……!」
彼はすぐに電話を受けた。
はい、はい、とひたすら同じ返事を繰り返す。ありがとうございますとか、そうですとか、相手の一方的な言葉に答えているだけという様子だ。
「ええと、ペンネームは本名をローマ字にして並べ替えたものなんです」
……ペンネーム?
山浦君に肩を叩かれた。
「おい、まさか小説の電話じゃないのかこれ」
「ていうか、確実にそれだよ」
「つまり……」
黒田君はまた返事を繰り返し、最後に「よろしくお願いします」と答えて電話を切った。
「夏に応募したミステリーの新人賞、最終選考に残ったって」
「それ、通るとどうなるの?」
「受賞。だから本になる」
ぼくらは三人で顔を見合わせた。
「すげえじゃねえか黒田!」
「やったね黒田君! ついに来たねこれは!」
「お、落ち着け。まだ獲れると決まったわけじゃない」
「いや、ここまで来たらいけるだろ。受賞すんのは一個だけなのか?」
「例年通りならね。最終候補はたぶん4作だと思う」
「4分の1か」
「なんだかぼくまで緊張してきた……発表はいつ?」
「1月20日だって」
「1カ月も待つのかよ。けっこう長いんだな」
「新人賞はこれが普通だから」
「とうとう黒田先生と呼ぶ時が来たんだね」
「その名前で投稿してないから」
黒田君が勢いよく立ち上がった。
「家族に報告しないと。悪いけどこれで帰るよ」
「おう、祝ってもらえ」
「おめでとう黒田君」
「ありがと。じゃあまた」
黒田君が教室からいなくなると、
「そんじゃ、俺も練習行くわ」
と山浦君も出ていった。
ぼくも帰り支度を整えると、教室を出た。
† †
月海先輩の待つ正門へ向かいながら、ぼくは考えていた。
山浦君は野球部のキャプテンになった。
柴坂さんは生徒会長。
黒田君はプロの小説家になるかもしれない。
周りがみんな変わっていく。
ぼくはどうだろう?
なんだか、一人だけ取り残されている気がした。
なんの取り柄もない、平凡な高校生。
このままでいいのかな。
ぼくには、まだ先のことが何も見えていない――
「景国くん、何か落ち込んでる?」
「わっ!?」
びっくりして転びそうになった。
月海先輩が下駄箱の前に来ていたのだ。
「なんだか悩んでるみたいね。隠してた私が言うのもなんだけど、深刻なもの?」
「いえ、そうじゃないんです」
ぼくは教室での出来事を先輩に話した。
その上で、自分だけが何も変わっていない気がすると打ち明ける。
先輩は真剣な顔で聞いてくれた。
「景国くんが何も変わってないなんてことはないでしょ」
「そ、そうですか?」
月海先輩が顔を寄せてきた。
こつんと、互いの額が触れ合う。
「貴方は私の彼氏になったんだもの。景国くんは自分のことを消極的だって思っているようだけど、もうそんな貴方ではないのよ」
「月海先輩……」
「それに、その黒田君の原稿チェックにつきあってあげてたんでしょ? 野球部の応援にも行った。未来生ちゃんのサポートもたくさんしてくれた。春の景国くんより、今の景国くんは間違いなく前進してる。肩書きがないせいで、変化を感じられないところはあるかもしれないけどね」
ぼくは黙って聞いていた。
「将来何者になれるかなんて、私だってわからないんだよ。景国くんが焦る必要なんて全然ない」
先輩の額が離れる。
「これだけ周りのために頑張れる人だもの。社会に出たって好かれる人になると思うな」
「先輩……ありがとうございます……」
頭を撫でてもらった。
「だから胸を張って。景国くんは、私の大好きな自慢の彼氏だよ」
正直、落ち込んでいた。
そこにこんな優しい言葉をかけてもらえて、ぼくは泣きそうになってしまった。
「さあ、帰りましょ。友達の快挙を祝して、私たちもどこかで乾杯していく?」
ぼくはやっと笑えた。大きくうなずき、先輩に並んだ。
「じゃあ、今日はあったかいコーヒーで」
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